横山設計事務所は、山形・東京を拠点に住宅・店舗・病院・集合住宅等の建築設計をしています。
人生を変えるきっかけ 建築家とつくるスタイルのある暮らし


建築家 [横山侑司]の長編コラム  「ごあいさつ」

■年末年始の雑感や、建築に対する思い、横山設計事務所の設計作業の進め方や、「光象研究室」(こうしょうけんきゅうしつ)の名前の由来など、様々な切り口の建築家 [横山侑司] 書き下ろし長編コラムです。今後もぼちぼち更新してまいります。^-^
■左下に 「コラムINDEX」 があります。



 
 
2011.2.26   ------------------------------------------------------
 

東根市S邸 Sさんからのレポート 

 
Sさんから、住まれてからの感想のレポートが届きましたので、ここでご紹介します。
 


2009年7月、息子の誕生と家の完成。3人の新しい生活が始まった。
真っ白なモルタルの壁と大きな窓が特徴の、これが自分たちの家なんだなぁと帰ってくるたび、うれしくなる家だ。
私たちは安藤忠雄に憧れていたので、漠然とコンクリートの外観がいいなぁと「山形」「コンクリート」で検索をして、横山さんを見つけた。
東根市S邸 両親はネットで建築家を見つけるなんて…とあまり良くは思っていなそうだったが、私たちはなんとなく人柄が良さそうだなということと、持ってきてくれたイメージ図を見て、もう横山さんにお願いすることに決めた。なんと4案も提示、しかも居間の隣に「オーディオルーム」が併設されている図面がそこにあった。確か、2人ともジャズが好きで、一関のベイシーという喫茶店に聴きに行きますというような話をちょっとしただけ。横山さんはたわいもない会話の中からこんな素敵な提案をしてくれたのだ。しかもその後でベイシーまで足を運んでくれたという話を聞き、横山さんの建築魂を感じた。
今、オーディオルームにはピアノを置いている。いつか、息子がここでピアノを弾いてくれたらうれしいな。
今、息子は1歳7ヶ月。ということは家も1年と7ヶ月。家はおもちゃだらけ、ちっとも片付かないけれど、家族3人幸せな日々を送っている。大きな窓からは、雪が降ってくるのが見えたり、雲の動きや、月、星空まで見える。家族が安心して住める家…横山さんにお願いしてよかった。 これからもよいお付き合いをお願いしたい。

 


とてもうれしい文章です。なんといってもご家族3人が幸せな日々を送られているご様子が目に浮かぶようで、建築家冥利につきます。オーディオルームは初めてお会いしたときの、なにげない会話が糸口になっています。何LDKということより、生活を楽しむ空間づくりが家づくりの本質だったりするのです。またそれがあるから、家に愛着がもてるとも思うのです。
息子さんがこの家ですこやかに育つことを、そしてこの家が味わいを増しながら年月を重ねることを願ってやみません。
 
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2011.2.1   ------------------------------------------------------
 

心がほっとすること 

 
このところの冷え込みは凄いですね。−6℃ですから冷蔵庫の中より低く、冷凍庫の中の温度にせまります。こう寒いと心まで凍えてしまいそうですが、心がほっとすることがこのところつづき、寒さを忘れてしまいます。とても嬉しいことなので、ここでご紹介します。
私が設計監理をさせていただき先日OPENした「きもの大長」さんのブログで、私の事務所が紹介されていました。その紹介文がこれです。
 


店舗・住居の設計監理をしていただきました。
山形市七日町に事務所があり、ネットで探して知り合うことができました。
時代ですねぇ。
モダンな感じの作風と、お人柄が気に入り お願いすることとなりました。
センス抜群で、ステキなお店にしていただきました。
横山さんにお願いして、本当によかったと思います(^ v ^)
感謝!感謝!!

 


喜んでいただいて本当に良かったなと思います。建物が完成してからいただく感想が、これまでの苦労を吹き飛ばし、これからの活力の源泉になります。ありがとうございました。
先週の土曜日に、基本設計が続いているTさんのお宅におよばれし、楽しい夜を過ごさせていただきました。おいしいお料理とお酒に酔いしれて帰ってきました。ことに嬉しかったのは建築家を選ぶ過程のお話でした。Tさんのご主人は家づくりになみなみならぬ情熱をかたむけておられ、幾人もの建築家とお会いして話を聞き、プランを出してもらい最終的に私を選ばれました。私に依頼される方の多くはそうされていますが、そのなかでも群を抜いていましたね。優秀というより相性が良かったのではとは思いますが、それにしても光栄です。
次の日の朝に、酔いつぶれて途中で寝てしまったTさんのご主人からお詫びのお電話をいただきましたが、私もどうやって帰ったかをよく覚えていないのですからおあいこです。
 
建築家の役割は施主のご要望に応え、それ以上のご提案をし、結果に満足していただくことです。「きもの大長」さんには満足していただいたことに、私も責任を果たした喜びを感じます。またTさんご家族の家づくりでは、これから誠心誠意努力して同じ喜びを感じたいと思っています。みんなが満足して笑顔になれる、目標はこれですね。
 
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2010.12.30   ------------------------------------------------------

 今年をふりかえって 

 
今年も忙しい日々がつづきました。忙しさにかまけて、このコラムが今年2回目。ブログには現場の進行などを書いてきたのですが、長編のコラムとなると時間をつくって、なんて考えているうちに時間はどんどん過ぎていってしまい、時間は年月だと、つくづく思います。そして年月はもどらない。このあたりまえのことをつい忘れてしまうのですね。
 
今年をふりかえって 今年、完成した住宅は4軒、リフォームの住宅が2軒、現場が進んでいるのがO集合住宅です。
これもひとえに依頼された施主の方々によるもので、本当に感謝しております。ありがとうございました。
 
年の瀬に完成したお宅に伺うと、笑顔で迎えてくれるのがうれしいですね。暖かい新居で新年を迎えられる喜びを話してくれます。「完成してみると、あっというまでした」と話される方もおられます。打ち合わせの連続で大変だったでしょうに、達成の喜びが勝るのですね。
 
社会に目を向けると、プロ意識の欠如が目立つ一年でした。特に政治ですね。軽い発言と撤回の繰り返し、責任感のなさ、内輪もめ。国民の民主党への期待が大きかっただけに失望や怒りが大きく、それが暗い世相の一因のような気がします。
 
なにはともあれ今年も明日まで。新年を迎えることはリセット気分。民主党がだめならまた替えればいい。新しいリーダーが「明日は明るいんだ」と大声で言えば、本当に明るくなるかもしれない。明るい話題が多ければ、みんなが笑顔になれるかもしれない。
 
今年も多くの人との出会いがあり、多くの人にお世話になりました。本当にありがとうございました。またこのコラムをご覧くださるみなさま、ありがとうございました。
 
来年もよろしくお願いいたします。それでは、よいお年をお迎えください。
 
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2010.2.26   -------------------------------------------------------

 バラガン邸 

 
春のきざしがみえてきました。日の光が根雪を溶かし、その底にある氷も溶けはじめました。氷の結晶が柔らかな陽しが輝いています。凍てついた氷から土が開放されるように、私も冬の寒さから解放される喜びを感じています。
 
先月に訪れた「ルイス・バラガン邸を訪ねる」という展示会のことを書きます。そこではメキシコが生んだ建築家の巨匠バラガンの自邸が実物大で展示されて、バラガン語録が添えられていました。
 
ルイスバラガン 「豪華であろうと質素であろうと、静謐な家をつくることが大切です」
 
バラガンは暗く閉じられた場所から、明るく開かれた場所へ、という手法をよくもちいました。天井が低く閉じられた玄関から、自然光がふりそそぐ天井の高いホールへ、そして庭に面して開かれたリビングへと人を導きます。各個室もあえて外を見せないとか光を絞り込んで、安らぎの空間にしています。
 
また彼は色によって空間が広く見えたり、狭く見えたりする色の効果を利用しました。玄関を黄色、ホールをピンク、そしてリビングを白に染めるというように。そして太陽光さえガラスに色を塗ることでコントロールしています。
 
これらの手法の集大成がバラガンの最後の作品である住宅ヒラルディ邸です。これも8年前の個展で、実物大で展示してあるのを見てきました。食堂に小さなプールが設けられていて、光がさまざまな色の壁や水面に降り注いでいます。 そのあまりの美しさに驚きました。この写真を建築家.横山侑司のブログ「私のスケッチブック」に載せていますので、よろしければご覧ください。
 
私はあえて静謐な空間を造ろうとは思いませんし、白を基調にして他の色を多用してはいません。しかし彼の手法は建築の可能性を示しています。そこに私は大きな刺激を受けるのです。
 
バラガン邸は1948年に完成し、20世紀最高の名作住宅といわれています。そしてなんと2004年にユネスコの自然遺産に登録されました。小さな個人住宅なのにです。これも私のように住宅を主に設計をしている者には大きな刺激です。私は大それたことは考えませんが、一つ一つの仕事に情熱を注ぐことで、時の流れに消費されない建物を造りたいの思うのです。
 
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2009.12.28   ------------------------------------------------------

 今年をふりかえって 

 
今年はいつになく忙しい日々がつづきました。完成した住宅が5軒、動いている現場が3軒、これから始まるのが2軒です。これもひとえに依頼された施主の方々によるもので、本当に感謝にたえません。ありがとうございました。
 
家づくりの過程でいくつもの楽しみがあります。25日発売の「山形家づくりの本2010」で私は「大きな楽しみ」として家の骨格を決める基本プラン、「小さな楽しみ」としてデザインや素材の選択、そして完成後の喜びを挙げています。 今年も多くの楽しみや喜びを、施主のご家族とともに味わうことができました。
 
そのなかでも完成後に「我が家が最高」と話された方がいて、とても嬉しかったですね。規模や予算にかかわらず、依頼されたご家族にとっての最高の家を模索することが建築家の役割ですから。
 
また建築家は施主に支えられていると実感したときがあって、そのときは本当にありがたいと思いました。子世代がインターネットで私を探したとき、たいていの親世代は不安を口にします。そのときに子は私を信じて親を説得してくれるのです。設計に関していろんなことを施主に指摘される方もいます。そのときも私を信じつづけた、と完成後に話されました。建築家冥利につきますね。
 
こうして完成した家々に年の瀬にお伺いしました。笑顔で迎えていただけるのがなんといっても嬉しいですね。それも共に闘った同志の笑顔だから、なおさら。
 
さて今年ももうすぐ終わりです。ブログは週一回でつづけてきましたが、ブログが見れない職場もあるらしく、このコラムだけをご覧くださる方には今回を含めて4回の更新しかできなかったことをお許しください。来年はHPのリニューアルも含めて頑張りますので、よろしくお願いいたします。それでは、よいお年をお迎えください。
 
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2009.5.25   ------------------------------------------------------
 

 光象 

 
季節は初夏へと穏やかに移っていきます。私たちはそれを日の光や植物の葉の青さで感じることができます。太陽の周りを回る地球の位置の変化が季節を創り出すことに、そして自然界がそれによって成り立っていることに、宇宙の神秘さを思わずにはいられません。
 
今回は私の事務所の名称にプラスして「光象研究室」とした理由を書いてみたいと思います。光象とは大気光学現象の略で、大気に漂っている水や氷が引き起こす虹などの現象をいいます。かといって私は気象現象を研究しているわけではありません。私がこの言葉に出会ったのは宮沢賢治の「農民芸術概論綱要」という本です。この本の序文の一節は賢治の思想そのものなので、それを引用します。
 
世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない
 
なんと1926年、賢治30歳の言葉です。世界が運命共同体であることが現実としてなった今、新しくそして重要な示唆に富んでいます。
光象  
光象は「農民芸術の分野」にあります。
 
光象写機に表現すれば静と動との 芸術写真をつくる
 
光象手描を成ずれば絵画を作り 塑材によれば彫刻となる

 
私は光があたることで見えるものを光象としてとらえ、この分野での活動を「光象研究室」でしたいと考えたのです。具体的には立体造形です。これまで竹・蔓・粘土・FRPなどの素材で照明器具を造ってきました。とくに店舗などの照明は室内の雰囲気に合うものが見つからず、自分で造るしかなかったという理由もあります。
 
BAR「ボルドー」や居酒屋「からからや」がそうです。照明以外でもいろいろ造りますし、野外彫刻展で大きなインスタレーションを造ったこともあります。手を動かして造るのが楽しいからですね。それに建築のような制約がない分、自由に形がつくれるのも魅力です。
 
目標とするのは偉大な茶人千利休です。彼は優れた茶人であるばかりではなく国宝茶室「待庵」や数々の茶道具を造りました。どれもが完成度が高く四百年余を経ても輝きは衰えません。その作品はそぎ落とした厳しさのある茶碗から「一笑」と銘されたユーモラスな花入れまでさまざまです。
 
とうていかなわぬまでも、少しは近づきたいと思っているのです。私が造ったものを建築家・横山侑司のブログ「私のスケッチブック」に載せていますので、よろしければご覧ください。
 
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2009.2.28   ------------------------------------------------------
 

 Kさんからのたより 

 
ふきのとうが顔をだしはじめました。もうすこしで春ですね。今年1月に完成した上山市のKさんから、うれしいたよりが届きました。お住まいになられてからの感想です。私にとってご褒美ともいえる文章でした。ご紹介せずにはいられません。建築家・横山侑司のブログ「私のスケッチブック」に完成写真も載せていますので、よろしければ合わせてご覧ください。
 


新居に住んでの感想ですが、横山先生のホームページのトップにあるように、まさに[日々の心地よさ][空間の快適さ]に浸れる毎日です。空間に開放感があり心も開放的になり心が落ち着き、以前のアパート暮らしでは狭く物もあふれており心にゆとりがなかったですが今はゆとりが出来て夫婦げんかも減りました(笑)
 
住む空間でこんなにゆとりがうまれるとはビックリです。
 
アパートの家賃より高い住宅ローンもあり大変ですが以前のアパートの暮らしには戻りたくないねと嫁と話してます。とても満足しております。近所の人や友人の感想はオシャレで木の香がいいねと言ってくれて、[俺が板張りして、塗装したんだぜ!]と自慢してます。
 
1つ嫁の不満は蓄熱ストーブは他の家よりは家全体暖かいのですがFFになれてしまった嫁はイマイチがんがん暑くなんないと駄目みたいです・・・。薪ストーブをつけると大丈夫ですが嫁は火をつけるのが面倒のようですが、その面倒さが自分の楽しみでもあります。自分も子供もストーブの炎を眺めてるのが好きでなんか落ち着きます。
 
これからも宜しくおねがいします。

 


このホームページのトップにある「日々の心地よさを追求し、空間の豊かさや快適さを目指した設計をしています」という言葉がそのまま形になって、Kさんから「とても満足」と書いていただいたことに、私は今、喜びにつつまれています。
 
「心にゆとりが出来て夫婦げんかも減りました」というお言葉もいいですね。家づくりはそれ自体が目的ではなく、その後の幸福な生活が目的です。それを実感されているご様子に私も安堵し、うれしさがこみあげます。
 
Kさんご夫妻、本当にありがとうございました。末長くのおつきあいをお願いいたします。
 
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2009.1.12   ------------------------------------------------------
 

 新春 

 
新年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
 
お正月 年初めから世界同時不況による日本の惨憺たる様相を見、国会のまったく危機感のない答弁を聞かされ、まったくどうしようもないと嘆くばかりです。それでもなにか明るい見通しはないものかと「仕事始め」というタイトルでブログ(プロフィールから入れます)に書いています。よろしければそちらもご覧下さい。
 
 
ここでは年始で嬉しいおたよりをいただいたことや、それについて考えたことなどを。
 
東根市のM邸は昨年の6月完成で、今季の冬が最初なので蓄熱暖房機の効果が気になって、年末にお聞きしました。年明けにこんなメールが届きましたので、その一部をご紹介します。
 


暖房の方は、朝方で18度〜20度ぐらいで寒さは感じません。コタツもなくポカポカという暖かさは快適そのものです。朝方だけ、エヤコンの暖房をつけて20度になったら止めるという使い方をしています。2階も暖房がないわりには意外と暖かく、洗濯物も1日ぐらいで乾き、家内も喜んでいます。
 
とにかく天窓からの明かりはすごいです。特に冬の明かりは暑くもなく、デッキからの光とリビング天窓からの光で、まるでリビングが光のシャワーを浴びているようです。

 


暖房の方は無事にお勤めを果たしているようなので一安心。嬉しかったのはリビング天窓の効果です。基本設計の段階で、ここに天窓があれば南北に長いリビング・ダイニングキッチンも暗くはならず、また太陽の動きに伴い移動していく光りと影が、室内にリズムを与えるだろうと考えました。こうしたアイディアはそれにかかる費用とその効果との関係で、実現するかどうかが決まります。最終的にMさんの判断で実現した訳ですが、期待以上の効果がでたようです。
 
設計は施主の大切なお金の使い方を考える、という面があります。私は高価な素材や装飾で美しい空間を造るより、アイディアやデザインで豊かな空間を造りたいと考えています。それも建築家の自己満足ではなく、施主に想像以上に満足していただくことが目標です。Mさんの天窓のように私のねらいがぴたりとあたり、いやそれ以上に効果をあげて「天窓はすごい」という言葉をいただけると、もう建築家冥利につきるわけです。
 
今年は現場が多く、これからいくつかの工事が始まります。施主と楽しみながら、そして完成して入居された後に、Mさんのように嬉しいたよりがいただけるよう、頑張りたいと考えています。

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2008.12.28   ------------------------------------------------------

 今年をふりかえって 

 
雪 今年も残すところわずかになりました。クリスマスの夜に降り始めた雨が雪にかわり、一夜明けると一面の銀世界。振りつづける雪にすっかり冬本番になりました。年末年始は東京で過ごしますが、新幹線も米沢・福島間で立ち往生というニュースを聞くと、無事に行けるかどうか。来年にはなんと102歳になる父がいるので、行かないわけにはいかなくて。
 
さて私の事務所の今年は、おかげさまで忙しい日々が続きました。ありがたいことだと依頼された施主の方々には本当に感謝しています。建築の楽しさは、打ち合わせしたことが現実に形になっていくことです。そのたびに感謝されたりすると、施主との共同作業という実感の喜びに包まれます。他の芸術は完成した作品を鑑賞するのですが、建築の異なるところは施主と共に創り上げていく過程があることです。
 
先日、もうすぐ完成するお宅の奥様から「もう一度この体験を楽しみたいから、いつかまた横山さんに設計を依頼したい」と話されました。この言葉は過程を大切にしてきた私へのご褒美でした。来年もこうした言葉が聞けるよう頑張りたいと思います。
 
この社会の今年をふりかえると惨憺たる状況に立ちすくみます。8月までは「内定ブルー」という言葉が出たように、いくつもの会社から内定をもらいかえって「この会社に決めていいのか」と悩む学生が多かったのに、9月に入ってからの世界同時不況に内定取り消し、派遣切り、リストラの嵐。私が悲しいのは不況そのものより、平気で寒空に放り出す企業の冷酷さと、なにより国民を守る責任のある政府の無責任です。
 
救いなのは「泣いてる市民を見過ごせない」と臨時雇用や住居を提供する地方自治体や個人がいることです。企業や政府があてにできないなら、ちいさな力でも救いの手を差しのべようとする温かさに心うたれます。こうした力が結集すれば、この国を変えることも出来るかもしれません。
 
今年も多くの人との出会いがあり、多くの人にお世話になりました。本当にありがとうございました。またこのコラムをご覧くださるみなさま、ありがとうございました。
 
来年もよろしくお願いいたします。では、よいお年をお迎えください。
 
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2008.10.26   ------------------------------------------------------

 おくりびと 

 
時の過ぎ行くままに・・・五ヶ月ぶりの更新です。この短い期間に世界は大きく変動し、私たちも翻弄されるままです。原油が高騰し物価にはねかえり、米国の金融危機が世界に広がり、円高となって輸出産業を直撃しています。これらの大きな原因は、世界のお金が儲かるかもしれないという所に集中したからです。その結果バブルになり、はじけた。富者が目先の利益に走ったあげくコケたらみんなを道連れにして、という構図。なんなんでしょうね。世界の平和とか、平等な社会とか、志高く理想を語る指導者をもてない不幸かもしれません。
 
先日、映画「おくりびと」を観てきました。笑いそして泣かされました。泣きながら浄化されているという実感をもてたのは久しぶりのことです。納棺師が主人公のこの映画は生と死という重いテーマをユーモアでつつみながら、奥深いところで心を揺さぶる感動作でした。納棺師が死者に死化粧をするシーンに流れたナレーションが、この映画の核をついています。
 
おくりびと 「冷たくなった人間を甦らせ、永遠の美を授ける。それは冷静であり、正確であり、そしてなにより優しい愛情に満ちている」
 
私が浄化されていくという感じを受けたのは、この優しい愛情です。今の日本に欠落しているのがこれです。後期医療制度の高齢者の切り捨て。自己責任という言葉の社会からの排除の響き。生きている者にさえ愛情をかけないこの社会の嫌な部分を、この映画は少しだけ忘れさせてくれました。
 
俳優はじめ関わったすべての人が、丁寧に誠実に取り組んだことを分った上でのことですが、この映画が成り立つことができたのは山形を舞台にしたこともあると思います。確かな生活感がなけれが絵空事になってしまいます。時代を重ねてきたことが分るロケ地、そして素朴な営みを感じさせる山形弁。このリアルさがこの映画を支えていました。
 
さらにいえば背景に映し出されていた鳥海山や月山の山々です。山岳信仰の精神風土こそがこの映画のバックボーンのような気がするのです。山形で撮影されたことに県民として誇りを感じます。
 
実を言えば、主人公の自宅という設定のロケが上山市であったことを知り、数日前に見てきました。その感想を写真も載せて建築家.横山侑司のブログ「私のスケッチブック」に書きましたので、よろしければそちらもご覧下さい。
 
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2008.5.22   ------------------------------------------------------
 

 山桜 

 
あわただしく時が過ぎ、気がつけばもう五月。水田には水がはられ田植えの準備が始まりました。遠くを眺めれば蔵王には残雪、近くの里山は若葉が日増しに濃くなっていきます。先日、上山市に行った際に見た里山の風景です。撮った写真は、建築家.横山侑司のブログ「私のスケッチブック」 に載せましたので、よろしければそちらもご覧下さい。
 
山桜 タイトルの山桜は映画の題名で、藤沢周平の小説を映画化したものです。味わいがあり清楚という言葉がぴったりの小説で、これまで幾度となく読み返してきました。映画化は楽しみであり、さっそく先日観てきました。
 
庄内の四季折々の風景がいいですね。仕事の関係で昨年からたびたび庄内に行っているので見慣れた風景でもあるのですが、映画は格別です。なんと美しいことか。その風景のなかで織りなされる男女の心の綾。役者も良かったですね、特に東山紀之の静かで押えた演技が、この物語の男女の愛とは別の主題である「正義」を、的確に表現していました。
 
そうなのです。この映画を企画した人は、この「正義」を最も表現したかったに違いないと思うのでてす。名門の組頭が藩の開墾の必要性を説きながら、それを期に富農から賄賂をもらい、小農から田畑を奪うという悪政をするのですが、その組頭の台詞がこれ。
 
「国あっての民じゃ」
 
なんだかこれって今の日本と同じですよね。財政が危機的状況なので「痛みに耐えて」。一方で不正に汚職、後期高齢者医療制度やワーキングプアなどへの冷淡ぶり。
 
映画では「正義」が悪を切りましたが、これからの日本はどうなることやら・・・
 
この映画を観て思ったのは、山形の自然の美しさと山形が生み出した優れた人達のことです。藤沢周平をはじめ、憲法9条を守るリーダー井上ひさし、「泣いた赤鬼」の浜田廣介、戦後の庶民を撮った土門拳、「夕焼け」という詩を書いた吉野弘。共通して人への温もりを感じます。山形の風土が生んだ県民性でしょうか。「夕焼け」を紹介します。
 


      「夕焼け」    吉野弘
 
      いつものことだが 電車は満員だった そして
      いつものことだが 若者と娘が腰をおろし
      としよりが立っていた。
 
      うつむいていた娘が立って としよりに席をゆずった。
      そそくさととしよりが坐った。
      礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。 娘は坐った。
 
      別のとしよりが娘の前に 横あいから押されてきた。
      娘はうつむいた しかし 又立って 席を
      そのとしよりにゆずった
      としよりは次の駅で礼を言って降りた。 娘は坐った。
 
      二度あることは と言う通り 別のとしよりが娘の前に
      押し出された。 可哀相に 娘はうつむいて
      そして今度は席を立たなかった
 
夕焼け       次の駅も 次の駅も 下唇をキュッと噛んで
      身体をこわばらせて。 僕は電車を降りた。
 
      固くなってうつむいて 娘はどこまで行ったろう。
 
      やさしい心の持ち主は いつでもどこでも
      われにもあらず受難者となる。
 
      何故って やさしい心の持ち主は
      他人のつらさを自分のつらさのように 感じるから。

      やさしい心に責められながら 娘はどこまでゆけるだろう。
      下唇を噛んで つらい気持ちで 美しい夕焼けも見ないで。

 


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2008.2.11   ------------------------------------------------------
 

 Sさんからのたより 

 
2月に入るとなんとなく気が楽になります。立春という響きがいいですね。
昨年の9月に完成した上山市のSさんから、うれしいたよりが届きました。少しご紹介させていただきます。メールのタイトルは「暖かい家」。
 


暖かい家。これが我が家なのですね。
私たちの当初の希望通り広くて開放感のある空間になりました。居間、キッチン、作業スペースのどこにいても気持ちよく、周囲と天井を見渡せ、広がりを実感しています。
 
そして、東側の山々を眺められるようにとの希望に、大きな窓を付けていただいてよかったです。中秋の名月,蔵王山の初雪、山々に積もった雪が夕日でピンク色に染まったり、自然の景色は見ていてほっとします。
 
キッチンはアイランド型にして良かったです。家族でキッチンを囲んで料理や食事の準備が出来、楽しんでいます。トーヨーキッチンでよかった。すっきり片付いたときの様子は美しいの一言です。換気扇の工夫もありがとうございました。
 
居間はキチンとした畳に、障子がとても落ち着きます。それに、障子があることで暖かさが違いますね。今一番寒さが厳しい時期ですが、蓄熱暖房機二台で暖かさは充分です。
 
最後に、家が完成するまで私たちも一生懸命考えて、悩んで、家作りに参加させてもらいました。沢山の既製のものから選べる時代ですが、自分たちがちゃんとかかわった家だからこそ、愛着を持って気持ちよく暮らせるのではないかと思います。
横山さんにお会いできてよかったです。ありがとうございました。

 


よろこんでいただいて本当によかった。しみじみそう思います。
問い合わせのメールをいただき最初にお会いしたのは一昨年の4月でした。二世帯住宅なのでプランづくりは時間がかかり基本設計が完了したのは9月、それから実施設計、そして工事が始まったのは昨年の4月、完成が9月ですから1年8ヶ月の家づくりでした。その間いろいろなことがありました。決定事項も数多くありました。それらをご家族が一つ一つ乗り越えて「愛着を持って気持ちよく暮らせる」家が出来たのです。私はそのことに敬意を表したい。家づくりは本来こうしたものだと思うのです。
 
Sさん、こちらこそありがとうございました。末長くのお付き合いをお願いいたします。
 
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2008.1.7   ------------------------------------------------------
 

 新春 

 
新年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
 
お正月は東京ですごし一昨日帰ってきました。東京には100歳になる父や兄夫婦がいて朝からお酒を飲みお雑煮を食べてと、のんびりとしたものでした。なにせ100歳ですからこんな正月も今年で最後かもしれないと思うのですが、お雑煮をおかわりし、また日本酒をうまそうに飲む父を見ていると、まだまだいけるかなと思ったりして。
 
森美術館 東京では二つの展示会を見てきました。まず森美術館で催されていた「六本木クロッシング2007:未来への脈動」展です。副題に「今、見たい日本のアーティスト36組」とあり、若手作家と共に中堅や60年代から活躍されている作家の作品が展示されていました。気がつくのは、30代の若手とその上の世代の作風の違いです。若手には領域にとらわれない自由さと共に、はかなさが同居しているよう見えます。現代アートですから、現代を切り取るとそうなるのかもしれませんが、なにかふわふわしてとらえどころがない気がします。確かなものの不在かもしれません。
 
次に見たのは東京都現代美術館で催されていた「アートとデザインの遺伝子を組み替える」展です。「今、世界の建築、デザイン、ファッション、アートの領域で領域横断があか行われ始めている」という状況の展示です。彫刻家が建築的なことを、建築家が彫刻的なことを、というものです。この展示でもそうでしたが、アーティストが建築的なことをする場合、現代を表現しようとしてか、廃材を組み合わせたバラックを造りがちです。一方建築家は未来を表現しようとしたり、空間を意識して造っています。どちらがいいというものでもありませんが、私としては当然ながら建築家に健全さを感じます。
 
この二つの展示会を見て思うのは、アートの意味です。アートを個人的な表現として、現代を映す鏡として、そして人を感動させる存在として、とらえることができます。これらの違いを融合してみせたのが、今回の展示の意味のようです。それこそが未来への指針が不確かな現代、という時代性なのかもしれません。
 
私の場合は建築は実用のアートだと考えています。人を感動させ心を豊かにする力をもっていると思うからです。また表現としてとらえれば、とくに住宅では施主本人の自己表現を建築家がささえる、と考えています。昨年末にある住宅の外観の打ち合わせに2つの予想図をもってお伺いした時のことです。幸い2つとも気に入られ「なんでこちらがこういうのがいいなぁと考えていたのが出てくるのだろう、不思議だ」と話されました。私が施主にとってベストだと考えたデザインを、施主が待ち望んでいたと言ってくれる。これこそが建築家の仕事だと思うのです。この住宅の建設は春から始まります。
建築家.横山侑司のブログ「私のスケッチブック」も更新しましたので、よろしければご覧ください。
 
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2007.12.28   ------------------------------------------------------

 今年をふりかえって 

 
今年も残すところあと数日です。歳を重ねるたびに一年を早く感じてしまいます。
ある説によると365日を年齢で割ると実質感が分るといいます。1歳は365日で20歳は20分の1というもの。それでいくと今年100歳になった私の父は3.6日なの?
 
 
時代の変化が激しいからでしょうね。家電は進化しつづけるし、情報は嵐のように押し寄せてくるし。日々頭の中を更新をしつづけているうちに、ほんの半年前のことが遠く遠く感じられるような。
 
また今年の文字に選ばれた「偽」が象徴しているように、信じられないような事態が続いています。結局のところアメリカ型かスウェーデン型の選択で、政府がアメリカ型を選んだことが大きな原因だと思うのです。競争ばかりで疲れてしまっているのです。それに責任のある人達の、誠実のかけらもない無責任な所行の数々。年金問題で「最後の一人まで」発言を、福田首相がこう開き直りました。
 
「公約違反というほど大げさなものかどうかねぇ」「そういう気持ちで、わかるでしょう、気持ち」
 
これらを聞くとアンタ誰?と言いたくなります。がらっと替えないと、この国は良くならないと本気で思います。
 
私の事務所の今年は、おかげさまで例年になく仕事が多い年でした。完成したのが住宅が3軒、それにホテルの改修があり、設計のご依頼が続き年明け着工がいくつかあります。ありがたいことだと施主の方々に心から感謝しています。施主と設計者それに工事関係者が話し合いながら、一つ一つ決めて発注し造られていく家づくり。完成して住んでから喜びの声を伝えてくれるうれしさ。良かったなぁ、とふりかえることができる幸福な一年でした。
 
冬至もすぎて日が長くなっているような気が、ほんの少しします。朝の陽射しもほんの少し早くなっているような。この社会も来年こそ明るさを取り戻してほしいと願います。暗い話はもう聞きたくないですからね。
 
今年も多くの方とお会いでき、お世話になりました。本当にありがとうございました。またこのコラムをご覧くださっているみなさま、ありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。では良いお年をお迎えください。
 
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2007.10.12   ------------------------------------------------------

 Mさんからのたより 

 
6月に完成引渡しがあった天童のMさんから、うれしいメールが届きました。いくつかの軽い不具合の指摘があり(それはさっそく工務店に連絡して直すよう指示をだしました)その後の文章が、生活されている光景が目に浮かぶようなので、ここでご紹介させていただきます。
 


Mさんリビング  日常の生活はとても快適です。朝起きて2階の階段前に立つと
 リビングから「パパおはよう!」と家族みんなの声が響き、元
 気な子供達の笑顔や妻との会話があり、幸せな気持ちで一日
 が始まります。また、私たちの一番の要望である「どこにいて
 も家族の存在を感じられる空間」は、親として子供たちの行動
 が声や物音でわかる安心感があります。
 
夏は、テラスで子供をプールに入れたり、庭でバーベキューをして楽しみました。何度か友人を招いての食事会も行いました。 キッチン上部のライトの明かりがとても綺麗で、料理がおいしく見えます。外では早食いの私も、家に帰ると落ち着いた空間でゆっくり食事を楽しんでいます。
 
先週、卓上七輪を購入したので今度は家の中で干物を焼いて日本酒を飲む予定です。当初ピアノを置く予定だった場所に子供たちの机(作業台のようなもの)を作る計画もあります。まだまだやりたいことが沢山あります。
 
つい先日、妻から前の家で休日の午前中は寝てばかりだった私が、掃除機をかけたり窓を拭いたりしているのが一番の驚きだと言われました。知らないうちに家に愛着を持っていたのだなと気付かされました。子供達がおもちゃを振り回しながら走るので壁は傷だらけになっていますが、塗装する作業も苦になるどころか楽しいものですね。

 


私にはとてもうれしいたよりです。施主の要望に応えられたという実感は、これまでの苦労を吹き飛ばすものがあります。「幸せな気持ちで一日が始まります」には本当に良かったなぁと思いますし、「家に愛着を持っていたのだなと気付かされました」は設計者や工事関係者にはご褒美のような言葉です。
 
Mさんのたよりは設計冥利に尽きます。Mさん本当にありがとうございました。
 
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2007.9.20   ------------------------------------------------------
 

 イメージ 

 
朝晩はめっきり涼しくなり秋の気配ですが、今日は30℃を越える気温です。紅葉は昼夜の温度差があるほどきれいに色付くといいますから、今年の紅葉が楽しみです。それにしても残暑がきびしいですね。
 
このコラムもご無沙汰になってしまいました。この間、政治では大臣が替わっては辞任し、選挙があり、自民党が歴史的な敗北をし、直後誕生した内閣でも大臣が一週間で辞任し、そのうえ安倍総理まで突然退陣するという有様。経済でもアメリカで不良債権が発生すると、世界中に飛び火して株価が暴落し一時はどうなることやらと。天候までが猛暑の予測が梅雨明けが遅く、平年並みと修正したら、8月に入っていきなりの猛暑。世の中あまりにあわただしくて思考がマヒするのでしょうか、選挙のことなど遠い昔のような気がします。
 
さて私はといえば、おかげさまで忙しい日々がつづいています。現場監理では6月に天童市のM邸、そして今日上山市のS邸が完成引渡しでした。設計では基本設計がつづいていて、その中には実施設計がはじまるのもあります。しばらくは 工事に入るのがありませんので、もっぱら図面に取り組むことになります。
 
イメージスケッチ このところ思うのはイメージの大切さです。家づくりを依頼されると、施主のお話をお聞きしてプランを2案ほどつくり、内観の予想図とともにご提案し、どの案かに決まると、その後外観の予想図そして模型を提出して基本設計が完了します。工事が完成してみると、お見せした予想図そのままのことがよくあります。施主の方には予想図を見て、想像以上のものを提案してくれた、と喜んでいただき、完成して現実になったと喜んでいただいていますが、それだけに責任の大きさを感じます。
 
予想図は私のラフなイメージをもとにプロに描いてもらいます。ラフなイメージといえど施主の要望、構造体、仕上げなど現実に耐えるものが求められます。また私がどれほど豊かなイメージをつくれるかが問われます。ですからいつも真剣です。
 
イメージづくりにはいくつかの要素がからみます。施主の要望や好みからの発想、敷地の状況からの発想、それに私の感性からの発想です。結果として「洗練されているんだけど、あたたかい」という感想を、以前設計させていただいたお宅の奥様からいただきました。うれしいですね。全体が調和していて豊かで心地いい空間をめざしています。
 
こんな風にイメージを、それもいくつもつくり、その中から施主にとってベストだと思えるものを提案しています。そのイメージを実施設計に写しこみ、現場での職人さんとのやりとりのなかで実現していくのはなかなか大変です。でも今日のS邸のご家族のように、実際できた家に入り本当に喜んで下さると、やっぱりやって良かったなと思うのです。
 
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2007.5.24   ------------------------------------------------------
 

 あきらめない 

 
先日、東京に行った際「藤森建築と路上観察」という展示会と吉村順三記念ギャラリーに行ってきました。
 
藤森照信は建築史が専門なのですが、1990年頃から建築設計を行いはじめ、形式にとらわれない独創的な建築で注目されている建築家です。ブログ(HPのプロフィールから入れます)の写真は第1作目の神長官守矢資料館です。それ以降、自邸の「タンポポ・ハウス」赤瀬川源平邸の「ニラ・ハウス」など、屋根の上に植物を植えたり、自然木を3本立て地上7mに茶室をのせるなど、かなりユニークな建物を造り続けています。
 
吉村順三といえば亡くなりましたが、正統派の住宅設計の名手といわれ、いまだ私たちに影響を与えています。ブログの写真は彼の軽井沢の別荘で名建築と賞賛されています。このコラムでも彼のことは何度か書いています。
 
藤森さんと吉村さんの作風にはかなりの距離がありますが、それ自体が建築設計の奥行きの深さと可能性を感じさせてくれます。藤森さんは仲間達との手作りを大切にしていて、その素人くさい仕上げにはピカピカ・ツルツルの新建材とは対極的な味わいがあります。吉村さんのギャラリーはかつて事務所と応接室に使っていたもので、家具や照明までデザインすることでしか達成できない居心地の良さを感じました。
 
私は新建材やビニールクロスなどは極力使いませんし、外壁の壁塗りを施主のご家族と共にしたこともあります。藤森さんには到底及ばないまでも手作りの味を大切にしたいと心がけています。また吉村さんのように設計密度を上げることで居心地の良さを追求したいとも思っています。ただこのところの建設資材の高騰で、これらをすることがむずかしくなっているのが現実です。手作りは既製品の組み合わせより高価になります。家具や照明も同様で、家具の図面を書いても予算オーバーで無駄になってしまうケースが多くなってきています。面積を小さくするのが最も簡単なのですが、施主の要望や私の思うところの理想を図面に盛り込んでいくと、それなりの面積が必要になってきて悩むところです。
 
やはり予算でできるできないはあるのですが、今回の展示会やギャラリーをみて思うのは「あきらめない」という意思の強さです。ある到達点をめざして「あきらめない」で努力していった結果をみたように思います。限られた予算のなかで、これはできませんというのは簡単です。これを言えずに、これまでも無駄になるかもしれない図面を書いてきたのですが、「あきらめない」彼らをみるとまだまだ頑張らなくちゃと思うのです。
 
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2007.5.2   ------------------------------------------------------
 

 ミッドタウン 

 
ミッドタウン 5月のゴールデンウィークの半ばの平日。午前中はこれから始まる現場の打ち合わせがあり、先ほど事務所に帰ってきたのですが、休日の合間はなんとなく気が抜けるというか・・・。そこでひさしぶりにコラムをと。
 
3月30日、東京ミッドタウンのオープン初日たまたま東京にいましたので、見にいってきました。すごいの一言。外観、内装そして中に入っている店舗やホテルにオフィス、すべて高級感にあふれています。ユーセンが事務所を借りていて家賃が月2億円、ホテルも一泊6〜200万円だとか。なんなのこれ。富裕層のためだけに造られた街としか、いいようがないですね。
 
その一角に安藤忠雄が設計した「21−21 DESIGN SIGHT」があり、安藤忠雄展が開催されていました。 建築家.横山侑司のブログ「私のスケッチブック」 に写真入りで書きましたので、よろしければご覧ください。 この個展はこの建物を中心として、図面、模型それに原寸大の仮枠などが展示されていました。この建物は壁のコンリート打ち放しと鉄板の屋根で、シンプルな構成ながら、日本を代表する建築家の才能と世界でもトップの技術力を誇る職人の技により造られた傑作だと思います。単に高級感を装ったミッドタウンとは比べ物になりません。個展の入り口にこんな文章がありましたのでご紹介します。
 
設計者の想いは現場の人たちの気迫、そして、ものをつくる強い意志により実現へと至りました。(中略)現場のつくり手達は、今日も汗をかき、変わらぬ熱心さでコツコツとものづくりに励んでいます。(中略)この展覧会では、彼らの仕事にかける情熱と誇りを皆さんに知って頂くことも期待するものであります。
 
かつて日本では彼らは職人として尊敬されてきました。現代では労働者として扱われ、安い賃金で働くことを強いられています。彼らがいなければ実現しなかった街は、彼らを支配する一部の富裕層しか利用できないという現実。それも労働ではとても手に入らない金額をつかんだ人達しか。
 
米国には富裕層だけの街があるそうです。不審者が入らないように高い塀で廻りを囲み、警備を厳重にして。格差社会と自己責任、これ以上これが進めば米国のようになるのでしょうね。それっていいの?
 
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2007.3.16   ------------------------------------------------------
 

 街 

 
ひさしぶりに書きます。忙しかったこともあるのですが、ブログの方に日々の雑感や工事現場の状況を書いていて、このコラムがごぶさたになってしまいました。(ブログはプロフィールから入れます)
 
もう3月の中旬。今年の冬があまりに暖冬だったために、東北の春の植物がいっせいに芽吹くという躍動感があまり感じられません。寒くないと桜の開花が遅れることをはじめて知りました。リズムが狂うのでしょうね。人間も植物もこの地球上の生命は、あやういバランスのなかで生きていることが分かります。
 
さて、今回のタイトルを街にしたのは、長年の夢について書きたいからです。設計業務は主に個人住宅の設計をしていますが、コーポラティブ・ハウジングという各自が自由に設計できる集合住宅をいつか実現したいと思っています。
 
高層のマンション風ではなく、せいぜい3階建ての低層の建物が連続しているイメージです。街の中心部に住みたい人は大金持ち以外はマンションか、小さな土地をみつけて極小住宅を建てるしかありません。私の事務所がマンションの一角なので分かるのですが、住人同士のコミュニティというのはありません。また小さな土地はなかなか見つからないのが現状です。そこで同じ思いの人が集まり、共同で土地を購入して安く家を建てようという計画です。
 
こうした実例はヨーロッパでは100年以上の歴史がありますが、日本では40年程です。大都市が多く、民間主導や公団主導などで年間200戸以上が建設されてべいます。ほんの数人が集まれば可能です。例えば100坪で2500万円の土地を5人で購入し、自宅を20坪で1000万円とすると、土地を合わせて1500万円で家をもてることになります。設計料や不動産手数料それに税金は別ですが、普通ののマンションより500万円ほど安くなる計算です。
 
この規模だと屋上庭園ですが、もう少し土地が大きいとHPの実例にある五日町の集合住宅の中庭のようなものができます。 規模が大きくなり公園や路地ができれば1階には店舗、上には集会施設それに保育所なども考えられ、定年を迎えた方の働ける場になるかもしれません。
 
こうしたコーポがいくつかできて路地でつながれば小さな街になります。使われる通貨を地域通貨のエコマネーにすれば、 と夢ははてしなく広がります。
 
いかがですか、マンションを買った方がはるかに簡単ですが、こんなコミュニティのある家づくり、街づくりも楽しいのではないでしょうか。関心のあるかたは、ご連絡くだされば詳しい資料をさしあげます。また現在コンビニなどで販売されている不動産情報誌「住まい情報」のコラムにも書いていますので、よろしければご覧下さい。数人が集まれば、説明会や土地探しなどをしていきたいと考えています。2001年度の「山形家づくりの本」で特集され募集もしましたが、実現までいたりませんでした。
 
再チャレンジがはやりのようなので、私もあやかりたく夢を追いかけます。ご連絡お待ちしております。
 
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2007.1.8   ------------------------------------------------------
 

 新春 

 
新春 新年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。
 
正月は東京で過ごしてきました。山形で生まれ育った私が、なぜ毎年東京かというと父と兄夫婦がいるからなのです。ですから実家に帰るというノリなのですが、少しヘンですよね。その訳を少し書いてみます。
 
理由は第二次世界大戦です。戦前戦中と私の両親は東京で歯科医院を開業していたのですが、東京大空襲で家を焼かれ疎開先として山形に来たのです。それも高畠町二井宿という宮城県との県境の小さな村にです。そこで歯科医院を営み、私と兄を生み育てているうちに、居着いてしまったという訳です。兄は大学で東京に出てから、住みつづけ結婚し事務所を経営しているものですから、父の引退とともに両親が兄の近くに住むことになったのです。
 
父からすれば、ようやく疎開先から帰ったという意識かもしれないのですが、私だけが山形に残された形でしょうか。私は山形の方が居心地がいいので、むしろ感謝しているのですが、戦争がなかったらどうなっていたのでしょう。そんな父も今年で100歳になります。正月三が日は朝からお酒を飲み、みんなの心配をよそにお雑煮を食べていましたから、たいしたものです。
 
さて、今年も始まりました。多くの人と出会いがあり、仕事をさせていただきたいと願うのみです。私の場合、設計にあたり自分のスタイルや様式また独自の工法というものをもっていません。施主の方の要望に応え、またそれ以上のことを提案していきたいと考えているからです。ですからお会いする施主の方次第で、できる建物が異なってきます。
 
めざすのはデザインのレベルと建物の質の高さ、それに施主の満足度の高さです。このことを施主によって異なる家づくりでめざしていくことは、大変ですが楽しいことでもあります。
 
規格商品の家に納得できないのであれば、また自分たちらしい家をもとめておられるならば、気軽に声をかけてみませんか。家づくりは本気で取り組めば、こんなに楽しいことはないのです。家づくりのパートナーとしてお手伝いをさせていただければ、と考えています。
 
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2006.12.29   ------------------------------------------------------

 今年をふりかえって 

 
早いものですね、あと2日で今年が終わります。あわただしく過ぎていったという感じです。昨年の今頃は大雪で大変でしたが、今年は暖冬で積雪もなく・・・と書いて、いま外を見るとふぶいてます。いずれ降るとは思っていましたが、昨年並はかんべんして。
 
さて、今年の事務所は仕事のご依頼が多く、忙しい日々が続きました。施主の方への感謝の気持ちと、ご要望に応えたいという思いで図面を書くのですが、予算との兼ね合いがむずかしいと感じた年でもありました。建築資材がこのところ異常に上がっています。とくに合板です。原油高や中国が大量に輸入しているというのが原因だそうです。
 
これは安く輸入できるからといって、海外の森林を伐採し、日本の林業を大切にしてこなかったツケだとも思うのです。人件費の違いが大きいのですが、林業のみならず、すべての産業が輸入にたより、そのために日本の技術まで教えているという日本の実態。中国が買占めをすると、日本に入らなくなって資材が高騰するという現実。これが他の産業にもおこらなければいいのですが。
 
今年、耳に残る言葉が「薄情」です。これはNHK・FMラジオの「日曜喫茶室」で安野光雅さんが、ふともらした言葉でした。「日本はなんて薄情な国になってしまったのだろう」地方の過疎の村では、赤字を理由にバスが一本も走らない所がかなりある、という話の流れでの言葉です。私の故郷の高畠でもそうでした。同窓会で高畠駅に降り、バス停の場所を聞いたら無いという答え。通学の学生やお年寄りはどうしているのだろう。乗合タクシーがあるというのですが、遠慮がちのお年寄りが気楽に利用できるのだろうか。
 
私の子供の頃はバスもあれば電車まであったのに。利益がないところは平気で切り捨てる。交通は公共サービスではないのか。
 
先ごろ出された政府予算をみてもそうです。企業は減税、庶民は増税、そんなバカな。国民健康保険を取り上げられ、病院に行けない人たちが大勢いることを、テレビで放映し土井たか子さんが「弱いものいじめ」とコメントしていました。ほんとに薄情な国になってしまったのですね。
 
今年といえば10月からブログを始めました。このコラムは少し長めの文章などを書くにはいいのですが、私の技術では写真などを挿入できません。今のブログはいたって簡単に開設でき、写真などもすぐに取り込めるのですね、驚きました。日々のつれづれの
 
感想や、現場の様子などをご紹介しています。建築家・横山侑司のブログ「私のスケッチブック」よろしければご覧ください。
 
雪が降り続いています。来年はもっと明るい社会になってほしいと願います。今年も多くの人にお会いでき、またお世話になりました。本当にありがとうございました。また来年もよろしくお願い申し上げます。
 
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2006.10.15   ------------------------------------------------------

 世界でたったひとつの 

 
秋晴れのいい天気がつづきます。空はどこまでも高く青いですね。そんな天空から地球を見てみたい。そんなことを小さいころから夢みてました。それがインターネットの画面で見れるのですね。このところ夢中です。
 
ラジオで耳にした、検索サイトのグーグルで見る青い海という話がきっかけでした。気になってグーグルのマップを見ると航空写真があるのですね、驚きました。マップファンなどでは住所を書き込み検索すると、住宅地図が画面にでて1/25000・1/2500・1/1500と拡大していくと目的地が分かります。それがグーグルでは+−で自由に操作できる上に、航空写真が見れるのです。
 
なんと私が設計させていただいた家の屋根が見えるのです。そして−でひいて上空に上がっていくと、東北・日本そして世界と航空写真で見れるのです。すごいですね。その上、左右に移動でき、例えばエジプトに焦点をあわせて+で地上に近づいていくとピラミットがはっきり見えるのです。なんとまぁ地球はつながっているという実感。山形の家の屋根とピラミットが、同じ画面で移動していくだけで。
 
すっかりはまってしまって、これまで設計した建物や、これから着工する敷地など見てまわり、その足でというのもへんですが、マウスを動かしながら世界各地の建物やナスカの地上絵などを見ています。
 
建築模型 ちょっと意識がかわりますね。施主のご家族や私それに工事関係者のそれぞれの思いがつまって完成した家が、世界でたったひとつの家として存在している。宇宙からでも地上に近づいていけば確認できる。設計士として家づくりに関われた喜びと責任の重さを感じます。同時にこれまでに私に依頼してくれた施主の方々、いま設計や監理をさせていただいている施主の方々に本当に感謝しています。
 
グーグルマップは最近知ったのですが、さらに最新版の3Dソフト・グーグルアースは立体的に見えるといいます。早速ダウンロードしたのですが、私のパソコンが古いらしく対応できないうえに、かたまってしまいました。トホホ。
 
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2006.8.31   ------------------------------------------------------
 

 蝉しぐれ 

 
八月も今日まで。八月に入るとすぐに厳しい夏の陽射しが照り付けましたが、このごろは朝夕が涼しくなり秋の気配も感じられるようになりました。短かった夏ですが、私にとって短いとはいえない季節でした。
 
蝉しぐれ 月の半ばは中学校の同窓会に行ってきました。30数年ぶりに会った同級生の仲間。あの頃の面影を残しながら年をかさねてきた顔が並び、年月を飛び越えて「・・・くん」「・・・ちゃん」の会話。ふりかえれば懐かしく思い出されるあの頃に、もどりたいなとセンチメンタルな気持ちになってしまいました。
 
月の後半の6日ほど東京にいってきました。いつも父の介護をしてくれている兄夫婦がたまの旅行に出かけたので、私が介護をしてきたのです。朝晩の食事と下の世話です。亡くなった母のときもしましたが、親の下の世話は苦痛ではないのですが淋しい思いがあります。私もかつてオムツを交換してもらったのですからおかえしなのですが、「すまないね」の一言が胸にひびきます。
 
今回のタイトルを「蝉しぐれ」にしたのは、この夏のこともありますが、藤沢周平の小説「蝉しぐれ」を思い出したからです。さきの同窓会で恋をした女性と再会しました。あの頃も素敵で魅力的な人でしたが、それは少女の、といっていいのかもしれません。それが年月を経て人間として素敵に輝いているのです。心のゆれというのでしょうか、今と別の人生があったかもしれないとの思いと、またあの人にまけない輝きをもちたいという思いが交差します。
 
同窓会は人生をふりかえることができます。また父は私の未来かもしれません。思うのは人生はそれほど長くはないんだ、という実感です。だからこそ、この日々の一瞬を大切にしなければと思う・・・頭ではね。さーこれから芋煮の季節、青空のした仲間と川原で飲む酒がうまいんだなー、これが。もう明後日から始まるからね、忙しい忙しい。
 
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2006.8.10   ------------------------------------------------------
 

 雪冷房と地熱利用 

 
暑中お見舞いもうしあげます。
 
梅雨がいつまでも続き、夏はないのかと思っていたのですが、いきなりの猛暑。貯めていた暑さをまとめて発散、という感じですね。先日、逃げるように喫茶店に駆け込むと、寒くていられないくらいの冷房。熱中症と冷房病とどちらがいい、という状況でした。何事もほどほどがいいのですが。
 
ある住宅のリフォームの設計依頼があり、このところ省エネルギーの勉強をしています。その結果、以前からぼんやり考えていたことが、どうやら実現できそうだという実感をもてました。それは冬の寒さを夏に、夏の暑さを冬に利用できないか、という夢のようなシステムです。それらは別々に研究され、各地で実践されているのですが、それを一つの空調で住宅に応用する方法を思いつきました。概略を書いてみます。
 
冬の寒さを夏には、冬の雪を夏まで貯蔵して冷房に利用するシステムです。これは室蘭工業大学の媚山先生のご指導で実践されています。北海道美唄市内では、地上6階建てのマンションと老人保険施設。山形では舟形町の農業体験施設と金山町のシェネスハイム金山というホテル。新潟県にも青木淳設計の「雪のまちみらい館」があります。
 
システムは2つあり、全空気循環式と冷水循環式です。前者は湿気が気になるのですが、金山に行ってスタッフの人に聞いてきましたが適度な湿度と答えてくれました。いずれもかなりの省エネルギーになっているようです。私の試算でもエアコンと比較すると、設置費用はそう変わらないのですが、維持費がシーズンあたりエアコンが15万円、雪冷房は5千円と96%のコスト削減できるようです。
 
夏の暑さを冬には、これは地熱を利用する方法です。地熱とは夏の陽射しが約半年かけて地表に戻ってくる熱で、しかも 16〜18℃と年間を通して一定です。この熱を5℃上げてやれば十分暖房として使えます。これも各地で実践されてますし、新エネルギーとして国の補助対象になっています。
 
私は地熱を意識していませんでしたが、このHPにある「1000万円の家づくり」の家は、FFヒーターの温風を床下に吹き込み土間コンクリートを蓄熱にしていますから、結果的に地熱利用していることになります。コスト試算では、設置費は変わらず、維持費は64%削減できるようです。
 
詳しくはご連絡いただければ資料を差し上げますが、ヤフーなどで「雪冷房」「地熱 利用」で検索すればいくつもでてきます。NEDO技術開発機構の講習会に行ってもらったシステム提案も参考にしましたが、これもNEDOで検索し、公募情報、事業別とすすみ、住宅に係るもの(事業公募)で見ることができます。
 
冬の屋根に積もる雪を自然落下で貯めれば、雪下ろしの手間がいらないうえに夏涼しく、夏の暑さが冬に地表に戻って暖かく過ごせる家づくりはいかがですか。実は先日、基本設計が完了した住宅にご提案しました。雪冷房は雪の保存が課題ですが、いい方法が見つかれば実現したいと思っています。
 
外に出ればうだるような暑さですが、冬に戻っておいでという気分です。残暑も厳しいようですので、皆様お体にお気をつけて日々お過ごしください。
 
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2006.6.8   ------------------------------------------------------
 

 生きているうちが花 

 
梅雨に入りそうですね。あじさいのつぼみも大きくなってきています。このところの初夏を思わせる陽射しもよかったけれど、雨に濡れたあじさいの花をみるのも、またいいものです。
 
めぐる季節といいますが本当ですね。自然界がめぐるように、そのなかで生きている物すべてが、生まれ育ちまた土に帰っていきます。自然界の摂理は時に残酷な気がします。まぁ生きているうちが花といいますから、生きることを大切にしたいですね。
 
五月のなかば私の父が、2週間ほど不整脈で入院してきました。98歳ですからもう何があってもおかしくないと医師に言われています。その通りですが、少し前の連休には浅草の神谷BRAに行って、美味しそうに電気ブランを飲んでいたのですから・・・・・。
 
退院して足腰がますます弱り、介護の人を増やすことになりました。もっとも私たちの前では辛そうにしていますが、若く美人の介護の人の「よろしくお願いします」に、満面の笑みで「こちらこそよろしく」なんて答えているのですから、あきれます。
 
このところパソコンテレビの「ギャオ」を見ています。音楽のチャンネルではライブを楽しむことができます。上田正樹のライブを久しぶりに見ました。もう30年位前、野外ライブで見たことがあります。若さだけで突っ走っていた彼が中年になり、年輪を感じさせ渋く歌うのを見る時、年をとるのも悪くはないなと思います。若さもいい、また年を重ね味わいを醸し出すのもいい。生命にはその時々の比較できない価値というものが、秘められているのだと感じます。
 
先日のNHKの日曜美術館は建築家の故丹下健三の特集でした。主に1964年に建設された国立代々木競技場でしたが、いまだその造形美は輝きを失ってはいません。
 
彼が理系か文系か迷ったとき、ル・コルビュジェの建築に美を見いだし、建築に進んだことを初めて知りました。安藤忠雄が出ていて「代々木競技場やカテドラル教会はオーラがでてますよね。オォーという感じで」と言っていましたが、まさしくその通りです。建築に限らず、名品には生命が宿ります。味わいを増しながら輝きつづけます。私もそんな建物を造りたい。
 
生命ある物すべていつかは消えていきます。しかしその最後の瞬間まで生命の尊厳を大切にしたい。建物に生命が宿るなら、私たちは真摯な気持ちで誕生させなければならない。そしていつまでも輝いてほしいと願う。
 
父が入院する際に、生死の判断をせまられた。父の満面の笑みを見ると、やっぱり「生きているうちが花」だよね。
 
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2006.4.5   ------------------------------------------------------
 

 考え続ける 

 
あわただしく時が過ぎていき、もう4月です。暖かくなってきたかと思うと、冬に逆もどりの雪が降ったりと、なかなか桜のつぼみも大きくなりません。そんななか先週一足早く東京で花見をしてきました。ちょっとした時間があいたので父の顔を見に行ったのです。98歳の父は足腰が弱くなり面倒だとしぶりましたが、車椅子に乗せ靖国神社に連れて行きました。げんきんなもので満開の桜の下で楽しそうに酒を飲んでいました。花見はやっぱりいいものですね。早く山形でも花見ができないかと、首を長くまたのどを鳴らし待っているところです。
 
東京では2つの建築展に行ってきました。ひとつはギャラリー・間の手塚貴晴+手塚由比展です。若い彼らの力みのない作品に好感をもちました。よく雑誌などに取り上げられるのは「屋根の家」で、間仕切りの少ない平屋の家の真中に階段があり、ゆるやかな勾配の屋根の上で食事ができたり、ひなたぼっこができるというものです。軽やかな自由さを感じます。しかしそこに至るまでの限りなく思考を重ねた過程を展示していました。数々の賞を取っているのも努力の結果だと思いました。
 
次に見たのは建築会館ギャラリーのミース・ファン・デル・ローエ生誕120年展です。ミースといえばライト、コルビュジェと並ぶ近代建築の巨匠です。鉄とガラスの高層ビルの原点を造った人です。住宅も手がけていて「ファーンスワース邸」という森の中にガラスの箱が浮いているような平屋の家は、近代が産んだ最もエレガントな建築と言われています。
 
その形ゆえミースはかなり神経質で饒舌な人だと思っていたのですが、ビデオで見るその人はまるで逆でした。はにかみやでマティーニという強いカクテルを数杯飲むうちに、ようやく口が滑らかになるという人でした。葉巻の煙をくゆらせながらの穏やかな表情がとてもかっこいいのです。教育者としても有名で、たえず「もっと考えなさい」と言い続けたそうです。建築の仕事を「真理の探究」と考えていたことを今回知りました。
 
私もおよばずながら考え続けます。基本プランを依頼されると3週間の期間をいただき、いくつものプランをつくり、そのご家族にとって最適と思えるものを3案ほど選びご提案します。先日うれしい思いをしました。3案の中から1案を選んだという知らせあり、打ち合わせにお伺いした時のことです。施主の方のお友達で、東京にいる建築家に相談したところ、こんなメールがきたといって私に見せてくれました。面はゆいのですが少し紹介します。
 
その建築家は私のHPを見てくれて、「デザインもいいと思うし、経験もあるし、思想もいいと思います。」とあり、プランを見ての感想の最後に「以前のプラン(あるハウスメーカーのもの)なんかと比べ物にならないね。」とありました。3週間かけて考え続けた結果を評価していただいた。報われる思いですね。
 
住宅の設計は基本プランで8割が決まるといってもいいでしょう。安易なプランで「まぁこんなもんだろう」とあきらめるのは禁物です。家づくりで迷われているのであれば、お気軽に声をかけてみてください。思いもかけないプランをお見せできるはずです。
 
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2006.2.6   ------------------------------------------------------
 

 夜話の茶会 

 
ふとお茶会をしたくなって先日、宝紅庵の小間の茶室を借りて友人達とお茶会をしてきました。かたぐるしいことは抜きのお遊びでお酒がお目当てというものでしたが、楽しい夜を過ごすことができました。
 
きっかけは白州正子のエッセー集のなかに「椿に憶う」というのがあって、「一輪さして、これほど生きる花もない」という文章を読んでいたら、ずいぶん前にお茶を習っていた時、冬の季節に床に椿が一輪生けてあった情景を思い出したからでした。力強くまたすがすがしい椿にまた会いたくなったという心境でしょうか。またこのところの憂鬱なニュースに嫌気がさしていたので、柄にもなく風流を楽しもうという気になったのですね。
 
同居人に手配をお願いし、また彼女に亭主役になってもらい、私は椿を見ながら酒が飲めればという軽いノリで出かけました。その日は節分、朝から雪が舞っていた寒い日でした。友人と彼の奥さん、それに私達四人だけの茶会です。
 
お湯をわかし、種火の炭を炉にいれ、椿を一輪生け手燭のロウソクを灯すという準備が終わると、早速亭主の挨拶で始まりました。持参した弁当をつまみに酒を飲み交わし、ほろよく酔ったころで中立ちし、お軸を掛けて濃茶それに薄茶へとつづきます。深々と雪がふり続く夜半、ゆれるロウソクの灯りでいただくお茶それにお酒、幽玄の世界に遊ぶとでもいうのでしょうか、私達はすっかり酔いしれてしまいました。
 
夜話の茶会 宝紅庵は山形市の建物で、昭和54年に中村昌生氏の設計で建てられたものです。彼は茶室設計の大家といわれる存在で、山形でも多くの茶室を手がけています。今回の小間の茶室も、侘びた感じで実に繊細につくられています。赤松の床柱をはじめ多くの素材を組み合わせ、また京都からよんだ大工の丁重な仕事ぶりもあって見事なものでした。ただ惜しむらくは味がない。私は各地の茶室を見てきて感じるのですが、茶人でまた数寄人の造った茶室は、その人の個性というものが出ていて面白みのある味があるものです。中村さんはうまいのですが人間味を感じられないのですね。
 
また大きな問題ともいえるのですが、京都の繊細さをまねていても山形の風土には合わないのです。とくに外観です。繊細な風土の京都にはとても似合うものでも、山形の自然の迫力には負けてしまうという感じがするのです。上山にある沢庵禅師のために造られた春雨庵の重厚な趣には、自然に負けない強さを感じます。見識の違いといったら、言い過ぎでしょうか。まぁ彼だけが悪いのではなく、ありがたがって依頼する方もどうかと思いますが。
 
とはいえ、そこを借りてゆったりとした時間を過ごせたのですから、あまり大きなことも言えません。また機会があったらしようと思います。ちなみに夕方5時から10時までの使用料は3500円です。道具も含めすべて持ち込みましたので、支払ったのはそれだけです。場所の雰囲気を考えればありがたい設定です。いかがですか、日常から離れて楽しんでみられたら。ただしロウソクを使う場合、畳など焦がしたら弁償です。京都から畳を取り寄せてなんて考えてたら、酔いもほどほどに。それでもお開きのころには一升瓶がからっぽに。誰が?
 
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2006.1.11   ------------------------------------------------------
 

 年の初めに 

 
新春 新年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。
 
正月は東京で、今年99歳になる父の世話と建物巡りなどしてきました。この父がまた凄いのです。足腰が弱ってはいるもののお酒と食欲はまだまだです。訪問看護の人が来られ食欲はどうですかと聞かれ、「食べています。まずいけどね」 と答えているのには少しむっときますが、元気でいてもらえるだけで。
 
建物は主に安藤忠雄の設計したものを見てきました。かれは独学で建築を勉強し、数々の賞をとり東大の名誉教授になった国際的建築家でいわば天才です。見てきたのは渋谷にできた輸入代理店の「casa」、完成直前の青山の同潤館アパートの建て替え、それに調布にある「TOKYO ART MUSEUM」です。いずれもいいのですが数々の名作と比べると、ちょっとという感じでした。かれが世に出たのは「住吉の長屋」という小さな住宅です。
 
そして私が最高傑作と思うのは京都の「陶板名画の庭」です。どうも小さな作品にかれのエネルギーを感じます。かれの持ち味は空間の豊かさです。コンクリート打ち放しという無機質な素材で、いかに豊かな空間を造り上げるかに精力を注ぎ込む姿に感動します。
 
なんと青山の現場で安藤さんを見つけました。笑いながら現場担当者と打ち合わせをしているのです。少年のような笑顔。そこにかれの真髄を見た気がします。追い求めてやまない建築への根底にある少年の心。純粋でいることが難しい現代で、それでも純粋でいようとする姿勢が素敵です。
 
調布の帰り吉祥寺の焼鳥屋「いせや」に寄ってきました。亡くなった高田渡さん(フォークシンガー)行き付けの店で、30年前私もよく通ったものでした。吹きっさらしの飲み屋で、煙と脂が壁や品書きまで染み付いている店です。この日の夕暮れは冷たい風が、焼鳥を焼く煙とともに店の中を吹きぬけるといった具合でしたが、並ぶ人がいるくらいの満員でした。みんな寒い寒いと体を寄せ合って飲んでいるのです。
 
ある人は鼻水を流し、ある人はふるえながら。それでもみんな楽しそうです。私の隣は若い男女。聞き耳を立てていると、「私ってこわい女よ」「僕は平気だよ」なんて聞こえてきます。あらあら。いくら飲んでもさっぱり体は温まらないのですが、みんなの笑顔とこんな会話を聞くと、なんだかいとおしいおかしみに包まれます。
 
安藤さんのように純粋な少年の心をもちながら、また人間っていいものだなって思いながら、今年もまた設計をしていきたいと年の初めに思ったのでした。
 
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2005.12.25   ------------------------------------------------------

 わからない 

 
今年もあと数日を残すだけになりました。この一年ふりかえって考えるのは「わからない」ということです。理解を超える事故や犯罪が連続して起きています。またそれとは別にテレビで司会者が「わからない」を連発したのもわからない。ことに政治での場面でしたが、「そんな説明ではわからない」と一刀両断に切り捨て、単純明快にと迫る。
 
またそんなテレビのやり方を利用してワンフレーズでしか説明しない政治家もいる。
 
国の仕組みをそんなに単純にいえたり判断できるのだろうか。またこの人間社会はYESかNOの選択でいいのだろうか。 小学校では円周率を3と教えているようですが、それと同じで単純明快なようで、ことの本質から離れている気がするのです。
 
建築の世界でも同じようなことがいえます。理論を組み立てて説明する建築家がいますが、時代の最先端にいる時はいいのですがそれが過ぎると、その人の建築は急に色あせてしまいがちです。また理論はわかろうとすればわかるし、その理論をつかえば同じような建築ができるのです。
 
一方理論で設計しない建築家もいます。その人たちの建築は写真ではわからないのですが、実際行って見てみると実に居心地がよかったり美しかったりします。その代表といえるのが亡くなられていますが吉村順三という建築家でした。かれの手法は、例えば暖炉が一番重要だと思ったら、どこに暖炉を置き、その前に座ったときにどこに何が見えるか、風がどう室内を流れていくか、つまりどうしたら気持ちのいい空間に感じるかを考えつづけるということでした。これは理論ではなく感性です。吉村流設計の根源を人間愛という人もいます。何げないデザインのためにわかりずらいのですが、そのなかに込められているあたたかな思いというものを感じます。
 
そうです。先にあげた「わからない」に対する私の違和感はここにありました。マスコミをはじめとする国民への発信者には、単純明快な理論の下で切り捨てられる弱者へのあたたかな思いが感じられないのです。もっとじっくりと議論を深めるべきだと考えます。
 
雪が降り続いています。冬至も過ぎたことだし早く春にならないかと願います。
 
今年も多くの人に出合いましたし多くの人にお世話になりました。本当にありがとうございました。また来年もよろしくお願い申し上げます。
 
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2005.12.7   ------------------------------------------------------
 

 耐震 

 
年の瀬のあわただしいなか、一級建築士の犯罪が連日報道されています。取り上げたくもない話題ですが、同じ資格をもつ者として私の感想と考えを書いてみます。正直なところこんな事件は聞いたことがないですし、ありえないことだと思っていました。これは社会的な犯罪ですし建築士がこれによって得るメリットよりもはるかにリスクが大きいからです。多くの人達に被害を与え、また本人も資格を失うことを誰がやろうと思うでしょうか。
 
ところが一人いたのです。氷山の一角という人もいますが違うと思います。また審査機関が見抜けなかったことも驚きです。私が依頼している構造事務所に聞けば一目で判るはずだといいますし、一階から最上階までの柱が同じ大きさ同じ鉄筋量などあり得ないといいます。構造事務所と国の認可機関である審査業務の二重チェックの破綻がこの事件を起こしたと思うのです。また建築士制度への疑問も出ているようですが、これは個人のモラルの問題だと思うし、審査制度の体制の問題だと思うのです。
 
それにしても今回の事件であらためて建築士の責任の重さを痛感します。と同時に企業の不祥事や嫌な事件が続くこの日本の不気味さにおののいてしまいます。根幹は競争原理主義にあると思えてならないのです。勝ち組になろうと無理をする者、負け組になってしまったとヤケになってしまう者、競争原理はギスギスした社会をつくってしまう気がしてならないのです。
 
先日「三丁目の夕日」という映画を観てきました。昭和30年代の誰もが貧しいなか明日への希望があった時代、人を信じる事が出来た時代、なんと幸福な時代だったと思うのです。鼻をたらしツギあての服をきた子供たちの生き生きとした表情。助け合うことでなりたっていた社会。あの頃には考えられない事件がおきる今の社会がとても悲しく残念に思ってしまうのです。
 
あの事件で資格制度や審査体制の見直しが始まるでしょう。私なども更新手続きなどをすることになるかもしれません。被害をうけた人達の比ではありませんが、なんてことをやったのかという怒りが湧き起こります。
 
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2005.11.7   ------------------------------------------------------
 

 完成写真 

 
先日、この7月に完成してお住まいになっているあるお宅に、完成写真を撮りに伺いました。ここでも何度か書かせてもらっている、外壁塗りをご家族と私それに仲間たちでやった家です。カメラマンと伺ったのですが、3時間ほどかかり建て主さんご夫妻には時間と手間をおかけしてしまい、申し訳なくもありがたい思いで過ごしました。
 
意外だったのはカメラマン(実は凄腕のクリエイターなのです)のアングルの取り方でした。急に三脚を低くして見上げのショットを撮ったり、お嬢ちゃんふたりをモデルにしたりと、設計者の私にも意外な家の見方を教えてもらいました。子供の目線ではこうなのでは、と言われると納得したりして。
 
山形家づくりの本  いくつものアングルで撮ってもらいましたが、そのどれもが私がスケッチを
 してご夫婦と話し合い、そして決定となってから大工さんたちと打ち合わ
 せを重ねて実現したものばかりです。どれもがそれぞれの思いが込められ
 ていて、そして今それらが生活の中で機能していると思うとうれしくもあ
 り、また責任の重さを感じます。
 
 撮られた写真は12月に発売される「2006山形家づくりの本」に掲載され
 る予定なのですが、そこに載せる文章をご夫妻に書いていただきました。実際に生活してみての感想なのですが、私にとって最高のご褒美といえる内容なので一部を一足早く紹介させていただきます。
 
実際に住んでみて思うことは、「やっぱり私たちの希望どおりの家だった」ということです。設計図があまりにも希望通りのステキな家だったので、本当にこんな家が作れるのだろうか、住みごこちはいいんだろうか?と少々不安もありました。でも、作られていく家を見ているうちに、その不安は吹き飛びました。当たり前の話ですが「設計図通りの家」がみごとに出来あがり、感激をとおりこえて不思議な感じさえしています。
 
これって設計者冥利につきます。とかく建築家に頼むと変に遊ばれたりするのではと敬遠されたりします。でも実際は建て主さんご家族の夢を実現するためのに一生懸命設計図を書いているのです。建築家の作品ではなく「私たちの家」ができたという喜びこそがうれしいのです。家づくりとは本来こうしたものだと思うのです。選ぶ買うのではなく自分たちの夢を実現するために設計事務所を活用してみてはいかがでしょうか。ちょっとPRしすぎたかな?
 
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2005.9.20   ------------------------------------------------------
 

 つれづれに 

 
なにやらあわただしく日々が過ぎていきまして、このコラムも2ヵ月ぶりの更新です。この間にさまざまな出来事が社会で、また私の周囲でもありました。そんなことをつれづれに書いてみようと思います。
 
暑い夏の訪れとともに山形では花笠まつりそれに花火大会と、にぎやかな催しものが続きました。私の事務所は踊りのコースに近いので、祭りのあいだは花笠音頭にうかれます。ビールを飲みながら踊りを見ていると、知っている顔が踊っていたり、ひさしぶりの友達と会ったりしてなかなか楽しいものでした。祭りは故郷を思い出させます。小さな電球がいくつもぶら下る屋台を見てると、アセチレンの臭いと共に小さい頃の村祭りの記憶がよみがえりました。
 
暑い陽射しに四国ではダムの水がかれて断水の事態になりました。そのニ週間後には台風がきて回復しましたが、その台風で日本中がかなりの被害がでました。
 
アメリカでもハリケーンでニューオリンズが水没しました。その恐れが以前から指摘され予算を要求していたのに大幅に削られこの惨事が起きたことに、人災だと政府が追求されています。日本でも道路がくずれ橋が流されているのに、なんの批判も出ないのが不思議です。
 
セミの鳴き声に重なるように選挙カーのアナウンスがこだまする熱い夏でした。刺客や織田信長とまさに戦国時代を思わせる様相で、結果はあの通りですが、これからどうなるのかとこの国の行方が不安です。選挙中とその後のテレビを見ていて、どんな演説や当落後の会見よりも、心に響く言葉がありました。ある落選した議員の奥さんが支持者にむかって、「誠に申し訳ありませんでした」と深深と頭を下げたとき、「申し訳ないなどない!」とさけぶ声が聞こえたのです。人と人との情、これがなくなっていくような社会になっては嫌だなとふと思ったのでした。
 
昨日まで汽車の汽笛が遠く聞こえてきました。なにかのイベントで蒸気機関車が線路を走ったのでした。遠い昔に乗ったことがあり、汽笛を鳴らし黒い煙と白い蒸気を上げて走る姿に圧倒された記憶があります。今でも無骨ながらもひたむきに走る姿が好きですし、親しみを感じます。こんな詩を思い出しました。
 
シグナルは青にかわり 汽車は出ていく  もうこんな遠くまで来てしまった 遠い遠い
 
戦後60年の節目の夏。汽車から新幹線にかわり、スピードをあげてこれからどこまで走っていくのだろう。遠ぼえのような汽笛の音を聞きながら、去る夏を惜しんだのでした。
 
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2005.7.25   ------------------------------------------------------
 

 オーダーメード 

 
このところ図面を書く作業に追われていて、ようやく一区切りがついたのですが、あらためて家づくりの大変さを感じています。依頼されたご家族の構成、要望、それに予算をお聞きして、それらを満たした上でそれ以上の提案をしたいと基本プランでは考えます。そしてそのプランが採用され、次に実施設計にかかるのですが、これは夢を形にしていく作業ですのでなかなか大変です。敷地にはさまざまな規制があります。例えば市の中心部であれば、防火性能がきびしくなります。鉄筋コンクリート造や鉄骨造では構造計算が必要になり、構造専門の事務所に依頼しなければなりません。
 
ですので基準法を調べ市役所や構造事務所と打ち合わせを繰り返し、骨組みを決めていきます。それから内部のデザインとともに冷暖房や給排水それに電気設備を組み合わせるのですが、そこにはランニングコスト(維持費)とイニシアルコスト(当初費用)のバランスも必要です。夢を追いかけるとコストがかかりすぎるし、かといってありきたりの建物にはしたくないしと、ここでも悩む訳です。スケッチを描きまた図面にもどるという連続で、ちから技でまとめあげるという感じです。
 
ちなみに私の事務所では今だ鉛筆の図面です。多くの事務所がパソコンで図面化しているようですが、こと住まいの図面は手で書いた方がいいと思うのです。思いを込めて手で書いたものは、その思いが職人さんに伝わり、温もりのある家ができる気がするのです(気のせいかも)。パソコンでは過去のデータの引用が容易にできるのですが、単なるデータの組み合わせではどうかと思うのです。
 
このところ見学の要望があって、ある住宅をご案内しているのですが、手作りの台所流しに納得されています。これは大工さんに足を、家具屋さんに天板をつくってもらい、設備屋さんにホーローの流しをはめ込んでもらったものです。既製のシステムキッチンの約1/3でできます。天板は石貼りでもタイルでも無垢の木でも自由です。
 
ご案内する人達は当然ハウスメーカーにも行かれているのですが、「システムキッチンのこのなかからお選びください」という説明に釈然としないともお話されます。もちろんシステムの方が機能が充実していますからお客様次第なのですが、このなかからということに疑問があると思うのです。
 
手書きの図面に大工さんをはじめとする手作りの家づくり。だから施主の方に自由に選んでいただけるし、既製品になければ造ってしまうこともできるのです。そしてその造り方を知恵をしぼって書き上げたのが実施図面なのです。一般の木造住宅なら通常一ヶ月半から二ヶ月かかります。
 
孤独で長い作業ですが、それがむくわれるのが完成後の施主のご家族の笑顔です。一昨日あるリフォームされた家でのビアガーデン。監督さん大工さんそれに私が呼ばれたのですが、ほんとにうれしくまた楽しい時間だったなぁ。だからどんだけ大変でもこの仕事がやめられない。
 
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2005.6.26   ------------------------------------------------------
 

 壁塗り奮闘記 

 
このところカラ梅雨の様子ですが、あじさいは季節を刻むかのように咲き始めました。
 
あじさいタウンの現場ではようやく外壁の壁塗りが完了しました。素人にも塗れ、思い出にもなりその上安くできるという調子のいいノリで始めたのですが、結果は施主は大満足のご様子、お友達からも絶賛されたようで、私もやって良かったと思う一方、内心複雑な気持ちです。
 
初日は施主ご夫妻、それに私と事務所女性スタッフの4人で始めました。最初はこわごわと塗り始めたのですが、師匠と呼んだ左官職人の指導を受け、女性陣が次第に手際がよくなり、ついでご主人もうまいコテさばきになり、昼頃しばらく雨雷それにヒョウまで降り出したのですが、しじゅう和気あいあいと笑い声の出る余裕で、夕刻には誰もが予想をこえる出来映えと早さで2日分の塗料を一気に塗ってしまいました。
 
その数日後、台風が来るらしいとの天気予報に現場監督さんから「週末まで待てない、できなければ工期延長」との電話が。施主夫婦はお仕事があるしと思い悩んだ結果、職人さんに手伝ってもらう段取りをつけ私一人現場に向かいました。それが後々まで悔いる結果になろうとは。私自身、高所恐怖症なのをころっと忘れていたのです。高さ8mにもなる足場の上はとてもとてもとても。職人さんはスイスイと塗っていくのですが、私はというと片手にコテそしてもう一方の片手は足場を握りしめるという情けない格好。コテづかいもおのずと荒めになってしまったのでした。施主のご夫妻、ゴメンナサイ。それでも予定の部分はやりとげました。
 
壁塗り  次の日の午後は初日の4人で、そして最終日は現在実施設計中のお宅
 の親子それに私の友人が加わり、総勢7人で取り組み完了したという次
 第です。最後に施主の小さなお嬢ちゃん2人の手形を壁に刻みました。記
 念撮影をしようということになりみんなが横並びになったのですが、誰もが
 服や靴それに髪の毛まで塗り材でボロボロ。それでもやり終えた達成感と
 満足感で、いい笑顔が並んでいました。
 
 次の週末、足場がばらされ全貌が現れました。なかなかの出来映えです。が、よく見ると場所場所でパターンが違っているのが分ります。施主の方は私の塗りの荒さも、それぞれの塗りの違いも「味があっていい」と満足そうです。設計者としてはどうかと思う反面、設計監理は施主に喜んでもらえる家づくりが最大の目的なので、今回の壁塗り敢行は大正解ともいえます。
 
今は塗りあがってすぐの状態なので生っぽい感じがしますが、年月を経て本当にいい感じになると思うのです。そして楽しい思い出が愛着となっていくと思うのです。どうですか、こんな家づくりをしてみませんか?私は二度と高い所の壁塗りはしませんが。
 
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2005.5.31   ------------------------------------------------------
 

 街のなかの家 

 
五月晴れが続いていて爽やかですね。四季のなかでも、もっとも緑が美しく青空に映える季節です。現場監理に車で向かう途中に見える景色はというと、遠くに月山の残雪を望みながら、田植えにいそしむ姿という、穏やかでのんびりとしたいい風景です。山形の良さを実感します。
 
さて現在は山形の中心部に敷地をもつ、ある住宅の実施設計中です。敷地は20坪で3階建て延べ坪48坪、1階はガレージ、2階はご両親、3階は子の部屋になります。建て主さんはこんな小さな土地でと恐縮されますが、とんでもないことです。3階などワンルームで計画中ですが30帖の広さです。南と西が道路に面していますので光や風は充分に入りますし、2階の居住スペースも小さく区切っていないので、目線をさえぎるものがなく広広とした感じがもてるはずです。屋上も菜園として利用できます。
 
街のなかの家 ここ数年東京などでは極小住宅が建てられ、雑誌などにも特集され話題になっています。私も「山形家づくりの本」や「住まい情報」などでコーポラティブ・ハウスという集合住宅や、数人で土地を買い分割して都市部に家を建てる方法など提案をしてきました。山形は郊外にいけば土地も安くまた広く求められますし、先の現場付近のようにのんびりしたいい風景を楽しむのもいいのですが、中心部はまた別の魅力があるものです。
 
どんな小さな土地でもあらゆる可能性があります。周りを囲まれていても天空があります。トップライトのある中庭など、私の実例を見ていただければ分ると思います。マンションを買うのと同じような金額で、自由に思い通りの家が、土地が小さくとも空間の豊かな家ができるのです。山形の中心部にそうそう20坪の土地などありませんが、広めの土地を分割する方法があります。興味のある方はご連絡ください。数名が集まった段階で土地の情報をご連絡します。
 
話はちがいますが、先の現場監理している住宅がいよいよ仕上げの段階に入りました。3・21のコラムにある珪藻土に 近い素材を外壁に塗るというものです。建て主さんご夫妻それに私と事務所スタッフが挑戦します。先週土曜日現場にて試し塗りをしてきました。手弁当ですが興味のある方は参加してみませんか。互助会みたいですが参加された方の工事の際には、今回の建て主さんがお手伝いされるそうです。
 
日にちは6月の4・5日と11・12日の土日です。時間は午前9時からの予定です。事前にご連絡ください。コテと手袋など用意いたします。
 
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2005.5.10   ------------------------------------------------------
 

 建築家 

 
ゴールデンウィークが終わりましたね。今年は長年見たかった建物巡りで、新潟から金沢そして能登まで車で行ってきました。往復1200kmの長旅、さすがに疲れました。時間の節約と高速道路を使ったのですが、みんな速いですね。どんどん追い越されて、4車線ならいいのですが2車線のところもあり、迷惑をかけちゃいけないとあせって頑張ったりして。やっぱりのんびりと一般道を行ったほうがよかったかも。
 
さてまず行ったのは糸魚川の谷村美術館。故村野藤吾が92歳で設計したもので20年前に完成しました。緩やかな曲面で包まれる洞窟のような空間に仏像が展示されています。自在で豊かな構成に心うたれました。次の日は能登のガラス美術館に行きました。これは4年前60歳で亡くなった毛綱モン太50歳の設計で、宇宙をテーマに活動していただけあって壮大で、また遊び心にあふれた建物でした。金沢では40代建築家の妹島和世+西沢立衛による、昨年完成した金沢21世紀美術館です。透明感のある美しさ、理性的なクールさを感じました。
 
こうして時代の異なる建物をみていくと、その時代の風というものを感じますし、建築家像にも考えさせるものがあります。明治生まれの村野には厳格さとふくよかさを感じます。団塊の世代ともいえる毛綱には、バイタリティと子供っぽさを感じます。またバブルがそれを甘受したともいえます。そしてバブルがはじけてから台頭した妹島世代には、浮ついた表層の遊びを拒否した知性がありますが、クールさが気になります。
 
それぞれに優れた建築家ですが、個性がある分、それらがマスコミで増幅され建築家とはああしたものかと変に誤解されている気がします。田村正和が所長でスタッフが木村拓哉のドラマなどです。実際、普通のサラリーマンの家など設計するのかとか、たいそうな態度をとられるのではとか、また敷居が高そうとの声をよく聞くのです。
 
たしかに一部のエリート有名建築家はああしたものかもしれません。しかし地方の、しかも住宅を専門にしている大多数の建築家はまるで違います。有名大学病院の医者と町医者の違いと似ています。私達はコンクリート建築しかしません、なんて言ってたら仕事はありません。施主の要望をよく聞いて、それ以上の提案をして実現することに誠実に取り組んでいるのです。気楽に声をかけてほしいと思います。
 
私の事務所の場合プランを依頼され2案程度のプランを提出することは無料でしています。施主が気にいらなければその先はないのですから、こちらも真剣です。ただこれまでのところ「ハウスメーカーではここまでの提案はしてくれなかった」との反応がほとんどです。ちょっと宣伝めいてすみません、 ついでにもう一つ。山形増改築の本「Zen<Go」が最近発売され書店に並んでいます。私が設計させて頂いたリフォームの家が特集されていますから、よろしければご覧ください。
 
今回の旅は私にとって、建築はおもしろいということを再認識させてくれました。一生懸命やれば建築は生命を得て輝きます。特に村野の建物は20年の年月を経ても、人を魅了してあまるものがありました。奥さんを現場に連れて行って意見を聞いたと本で読みました。92歳ですよ!そんな年寄りってカッコいいなぁ。
 
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2005.4.12   ------------------------------------------------------
 

 窓 

 
窓 桜前線が山形に向かってきています。仲間との花見をいつしようかと気もそぞろなのですが、なにせお天気次第。いっきに咲いて次の日雨嵐なんて年もあるからたまらない。憧れは養蜂業者です。南から北まで花を追いかけての仕事なんていいなぁ。実際は農薬の影響で大変だと聞きますが。
 
今回のテーマは窓。このところ窓のデザインを考えています。先日も工事中の現場打ち合せで、玄関突き当たりの窓が当初の図面では単に四角だったのを、ちょっとした理由があって再考することにし、上と下の窓に分け中間にニッチ(飾りのための壁のくぼみ)のある壁にしました。
 
こうすることで視界は中庭に広がり、かつニッチの壁が宙に浮く形で空間にアクセントを与えると考えたのです。先月完成したリフォームの住宅では玄関から入ってすぐ先の窓を大きな円にしました。景色を円で切り取ることで、より印象的に見えるのではと考えたのです。大工さんにベニヤで円の開口を造ってもらい、施主の方に確認していただき工事をしています。
 
窓というのは、風景の切り取り方で空間の感じが大きく変わります。大きさ、形状、空だけを見せる窓、一本の木だけを見せる窓、スリガラスで揺れる枝葉の影を見せる窓。また方位によっても変わります。千利休は南に窓を切ることによって、茶室に刻々と移ろう影をとり込み、三次元空間に時間という四次元空間をとり込んだといわれています。自然現象やその場の磁力を室内にとり込める窓は、安易にはできないものなのです。
 
私の場合、一軒の家づくりで完成までにおよそ3冊のスケッチブックを使います。ラフなスケッチを繰り返し、ある程度かたまるとスケッチをプロにたのみ、あるいは私が描き施主の方に見てもらい、了解を得るとそれを実施設計に盛り込んでいきます。工事金額が決まり工事が始まると、現場で先ほどの円窓のように位置関係を施主の方ともども確認し実際に制作に入ります。
 
すべてのことをこうしている訳ではありませんが、主要な部分や家具などはスケッチで説明し、使用する素材はカットサンプルを取り寄せ、色を決める時は大きめの板に塗ってからと、実際に見ていただきながら決めてもらいます。好みはとうぜん人それぞれですからこうした作業は、建築家と施主とのコラボレーション(共同制作)ともいえます。建築家なら誰でもしているであろうこれらの作業を、時として驚かれることもありますが、こうしなければ施主らしい家はできないのです。
 
ひとつの窓に思いをめぐらせ、施主の方にスケッチをお見せして互いの意見を交わし、現場で確認してからの制作。一つ一つ手作りの家づくりは楽しいしまた愛着がわくものです。そうしたことを経て自分達らしい家が徐々に姿を現していく過程をぜひあじわってほしいと思うのです。
 
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2005.3.21   ------------------------------------------------------
 

 棟上げ 

 
いよいよ春ですね。さくらの枝のつぼみが少しづつピンクに色づき始め、開花が近いことを教えてくれます。私の大好きなフキノトウも芽をだしています。そして街には新入社員らしき人たちが目につくようになりました。着慣れない背広姿がとても初々しくて、つい声援をかけたくなります。
 
さて今回は棟上げ。昨年からこのコラムで「実施設計」そして「見積り」と書いてきた家がついに棟上げをしました。(この家は「2005山形家づくりの本」でも紹介されました)見積りは3社からとり施主の方と相談の結果ある工務店に決定し、金額は少しオーバーだったのですが、家具工事などを見直しすることで契約に至りました。
 
それから地鎮祭そして基礎工事と進み、その間プレカット図(工場で木材を刻むための図面)を大工さんたちと打ち合わせしながらチェックし、発注からわずか1週間で現地搬入、そしてクレーン車が来てほぼ2日で棟上げが完了しました。棟上げはほぼ骨組みができた状況をいいますが、あらあらしく建ちあがる姿は家本来の力強さを感じさせ、また雄たけびをあげているような気がして、なかなかいいものです。
 
棟上げ 昨日はじめて施主のご家族が中に入りました。あっというまに建ちあがったこと、予想以上に大きなことに驚かれていました。これからサッシが取り付けられ、内装のボードが貼られ、内外部の塗装にと次第に家が形づけられていきます。それに合わせてガラスの種類、塗装の色やパターン、それに電気や設備の機種の選定と打ち合わせが繰り返されますが、施主の方ともども大いに楽しみたいと思っています。
 
楽しむといえば予算の関係もあり施主の方も工事に携わることになっています。主に家具の製作と塗装ですが、これもやってみると楽しいし思いでにもなり、その上安くできるのですから一石二鳥三鳥です。私も宴会付き、ということで手伝います。塗装は外壁で、珪藻土に近いものをコテで塗っていきます。いつもは私がコテでパターンをつくり、左官屋さんに同じように塗ってもらっていますが、面を均一に仕上げるわけでもないので素人でもできるものです。塗り終わった後の酒盛りが今から楽しみです。
 
このコラムをご覧になっていて、この家づくりに興味をもたれた方は連絡をいただければご案内します。外部だけならいつでも見れます。場所は山形市大字村木沢あじさいタウン村木沢地内。第八中学校の斜め向かいに信号があります。そこから入り南の方向にいくと私の事務所の看板があるこの家があります。
 
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2005.3.3   ------------------------------------------------------
 

 新旧 

 
2月はあっというまに過ぎ、もう3月。別れと出合いの時節です。私も20数年前、金沢市のアパートを引き払ってワゴン車に荷物をつぎ込み、「大海原に自由を求めて、いま舟を出す」という歌(ロッド・スチュアートのセイリング)を口ずさみながら不安と希望をかかえ山形をめざしたものです。山形に来て羽田設計に勤めていた頃はまだ海は穏やかだったのですが、独立してからというもの大波小波にゆれゆられ。まぁ確かに自由ではあるけれど、不安と希望をかかえっぱなしというのも少し悲しい。
 
現在あるお宅のリフォーム工事が完成まじかです。先日も打合せと現場監理に行ってきたのですが、不思議な感覚を体験しました。このお宅は30数年のうち2度3度と増改築をしてきて、もとにもどって最初に建てた母屋をリフォームすることになったのです。ですから新しくなったリビングの続きの間が手をかけてない和室。この和室には日々の暮らしの時間の重みが感じられるのですが、襖を開けるとまるでそれを感じない真新しい空間。
 
過去と未来を行き来するといった不思議な感じでした。やがて生活が始まるとそれらが互いに馴染んでいき、いい関係になると思うのです。全部を解体しての新築も考えられたそうですが、古いものを捨てていくのは過去を捨て去る気がするとの判断はとても大切だと考えます。 古いものと新しいものとの融合が、生活に深みや味わいをもたらすと思うからです。
 
話は違いますが、ある展示会で増山麗奈というアーティストを知りました。28歳バツイチ子持ちの彼女の圧倒的なパワー、それが反戦に向けられていて実に痛快でした。世界各地の画家と一枚のキャンバスに向かうという活動をしています。戦火のバクダットに行きイラクの画家とも一緒に絵を描いています。戦争ではなく、愛とアート(理解しあう行為として)でしか世界は平和にならないという信念で創作活動をしています。新旧あるいは人種の違いを超えての融合こそが新しい未来をつくりだすのです。
 
新旧でいえば今話題のライブドアとフジの戦いです。古い体制の打開との論理もルールに反するとの批判も不毛な気がします。まして政治家が道徳などというのはどういうことか。政治も経済も道徳観念に欠け、競争原理で弱肉強食を推し進め、その結果不安だらけの社会にしてしまったのではないのか。
 
愛でしか社会は救えない、ラブ&ピースを叫ぶ増山の声が耳に強く響くのです。
 
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2005.1.30   ------------------------------------------------------
 

 貧乏だけど贅沢 

 
大雪がふり4月のような晴天があり、また今日から寒波だそうです。雪国はほんとこの季節つらい。建築現場では早朝の除雪から始まるし、暖房費もかかる。沖縄など羨ましかったりするのですが、それでも心に余裕がある時は雪景色を美しいと感じたり、春になるといっせいに植物が芽吹く躍動感がとても素敵なので、まぁ雪もしょうがないと我慢するわけです。
 
貧乏だけど贅沢 さて今回のテーマは「貧乏だけど贅沢」。これは私の好きなノンフィクション作家・沢木耕太郎の本の題名をお借りしました。これはいろんな人との旅についての対談集ですが、旅の定義から人の生き方まで含まれていてなかなか興味深いものです。例えばあの高倉健との対談はこうです。
 


沢木 物ってふえますよね。(略)人の関係とか、物とかがふえていくに従って、不自由になって
    いきますよね。(略)ただそれでも避けられない、余儀ない物のふえ方、関係というのは
    幾らかは引き受けていかなくてはならなくて、その兼ね合いなんか本当に難しいです
    ね。
 
高倉 難しいですね。ある時期、僕、とっても苦しくなって比叡山に入ったことがあるんですね。
 



この沢木耕太郎の対談は彼の著書「深夜特急」が下地になっていて、貧乏旅行だったけどなんて自由な旅だったのだろうというのが根底に流れています。人や物にとらわれない自由こそ本当の贅沢ではないかと。
 
家づくりでも同じです。他人の目を気にしたり物にとらわれると、自分たち家族の幸福のためという目的から少しずつずれてしまう。高価に見える素材をそろえていくと、金額も上がり後で苦労することになります。あえて言いますと建築家は素材よりも空間を優先します。安くとも本物の素材を使って贅沢な空間にしたいと考えます。
 
素材だけではなく発想の自由さで贅沢な時間を勝ち得たいと考えます。例えば窓の位置や大きさにより空間は変質します。西の窓から紅の光が室内を染めあげるというように。
 
家づくりの考え方も、もっと自由になった方がいいんじゃないかなと、ちょっと考えてみたのです。
 
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2005.1.10   ------------------------------------------------------
 

 年の初めに 

 
新春 あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。
 
年明け早々から寒い日が続いています。暖冬との予想を信じていた私としては、ちょっとこたえるのですが、平年並みと言われればそれはそれで安心したりします。異常つづきの昨年よりは、せめて平年並みそして心安らかな年になればと祈る気持ちです。
 
さて正月は例年通り東京の父の元にいまして、お酒の相手したり美術館を廻ったりしてきました。興味深かったのは森美術館の建築展でした。1950年から今日までの世界の建築の歩みを展示したものですが、建築家の役割また住宅の意味を考えさせられました。ここに集められた展示物は、それこそ世界の建築界をリードしてきたものばかりです。空間の可能性やより良い環境を追求する姿勢に敬服しました。
 
私はなにも目新しいことをしたいとは思いませんが、施主の方が望んでいるそれ以上のことを提案したいと考えています。昨年末出版された「山形家づくりの本」の中に、私が基本設計を提出した際の施主の方の感想が載っています。「絶句しました。要望がすべて盛り込まれているうえに、こちらが想像していた以上のプランを、しかも3種類も提出してくれたんです。メーカーとはこんなに違うものかと驚きました」この言葉は私にとって最高のご褒美でした。
 
同じ六本木ヒルズ内で黒澤明アート展がありました。ここでは人間の想像力のすごさに感銘しました。黒澤監督は映画を創る際に膨大な絵コンテを描きました。それらが並べられまた拡大され展示されているのですが、その迫力に圧倒されます。緻密でかつ大胆、そしてそれを現実に映画にしてしまうのですから恐れ入ります。監督の頭の中ではカメラがまわる前に、すべてが完成していたのだと思います。その完成度の高さには驚くばかりでした。
 
この2つの展示会を見て考えるのは、創造の無限の可能性です。いかに良いものを造り出すかは、造り手がこの可能性を信じ努力するしか道はないようです。今年もまた先人達のすぐれた建物や展示会に足を運び刺激を受け、自分を高め、いつかは近づきたいと願っているのですが。
 
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2004.12.22   ------------------------------------------------------

 見積り 

 
冬至が過ぎるとなんだかほっとします。これから冬本番なのですが、陽射しが一日ごとに長くなるのは春の兆しを感じます。それにもうすぐ新春のあいさつです。今年をふりかえるよりは、来る年に思いを馳せたほうが楽しくなります。来年こそ明るい年になるといいですね。
 
さて今はある住宅の実施設計を終え、見積りがでるのを待っているところです。3社の工務店にお願いしたので3つの見積書を比較検討することになります。
 
見積書にはこと細かく数量と単価が並んでいます。いわばその積み重ねで総金額がでてきます。見積りは三者三様で、各社の個性というものが見えてきます。例えば仕入れルートです。同じ物でも仕入れ先により金額が違います。安くするために鉄骨の制作を他県の工場に依頼し、往復7時間の原寸検査に立ち会ったこともあります。また図面の見方によっても金額が異なります。簡単だと思うか大変だと感じるかの差です。
 
面白いことがありました。ここにも何度か書いているBARボルドーの照明です。天井に強化プラスチィクで造る照明をデザインしたのですが、三次元の曲線ですのでまともにつくれば100万円はかかります。木型を造るのが高いのです。そんな予算もないので担当者が知恵をしぼり、たまたま冬だったので雪で型を造りました。それをもとにモルタルで原型をつくったのですが、制作費は10万円ですみました。
 
話がそれましたが見積書には会社の方針が入っています。いかに受注するかです。設計事務所がいればチェックもすれば比較もしますのであまり効果がないのですが、利益を隠す方法です。各項目の単価を高くし経費を抑えます。また大手住宅メーカーなどは少ない項目とオプションで受注しているようですが、それもどうかと思います。内部にいた人の話では利益率は4割以上といいます。2000万円なら利益が800万円です。あれだけの宣伝費とモデルハウス、営業の人がいるのですから当然といえば当然なのですが。
 
見積書には、社会の景気やその会社の状況それに担当者の見方などが反映されて、なかなか奥の深いものがあります。設計者は施主と施工者の中立の立場が原則です。ですので施主の夢を叶え、同時に施工者の利益を守る必要があります。それでも自分の書いた図面が予算オーバーのために変更するのがしのびなく、なんとか安くしてくれないかと、担当者をなだめすかしている今日この頃です。
 
いよいよ今年もあと数日になりました。今年もいろいろな人にお世話になりました。インターネットのHPを開設してから新しい人とも知り合え、また設計の仕事もさせて頂きました。本当にみなさまに感謝しています。ありがとうございました。
 
みなさま、よい年をお迎えください。来年もよろしくお願い申し上げます。
 
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2004.11.25   ------------------------------------------------------

 実施設計 

 
このところ実施設計を書く作業に追われています。基本設計(平面・立面・断面)がある程度まとまると、次のステップになるのがこの作業です。詳細な寸法の入った図面をいい、これをもとに見積り金額が出て、図面通りに建つのですから責任は重大です。
 
平面詳細図、矩計(かなばかり)・展開図・建具表と一般の方には見なれないものですが、ともかく建物の建設に必要な情報を図面に盛り込んでいきます。その情報の伝達にはなかなか気を使うものがあります。
 


 その1
ディテール(詳細)に神様が宿るといいます。その通りで細かい納まりがきれいに決まれば空間も引き締まったいいものになるのですが、その詳細を書けば書くほど見積りをする人は身構え金額は高くなります。詳細をあまり書かずに現場でお願いした方が安くなったりします。柱の角を3?落とすと書くよりは、カンナを少しかけてと言うように。
 
実施設計  その2
「図面で書くだけなのは楽だなぁ」という言葉を現場でよく言われます。確かにその通りなのですが、その図面は施主の要望でもあるので造り易さを優先するよりは、と考えています。また一本の線がデザイン的にも機能的にも大きな意味をもつことが多々あることは認識しています。
 
 その3
設計図イコール建物の値段ですが、すべて施主のためだけの図面ですし手作りのために、金額も職人さんや図面の見方によって違ってきます。予算をオーバーすることもあります。見積りが出た段階で、調整するために図面の変更をしていきます。最初から予算を意識すると、手がかじかむ気がしますし思いきったプランが出てきません。予算にあわせるために四角い箱をつくるのは簡単なのですが、それではつまらないと思うからです。
 


そんなこんなの実施設計をカタログを調べ、スケッチを繰り返して書いていきます。
私はあまりメーカーの既製品を使うのは好みませんが、サッシュや衛生器具それに照明器具など必要最小限のものはカタログから選ぶことになります。これがまた大変。多くのメーカーが少しづつ違うものを販売していますが、カタログを請求するとどっと分厚い資料が送られてきます。もうすこしこのへんを建築資材関係者が考えないと、家の値段は下がらないなぁと思います。
 
ところで話は違うのですが、私が建築を意識し始めたのは、小学生の頃の紙粘土による未来都市造りだった気がします。あれから30数年たち現実の家づくりの仕事をしています。経済的には違う道の方が安定という意味でよかったのですが、スケッチをし、詳細な図面を書き、それが現実の形になるのを見るのはとても楽しいことです。それも施主の方とワクワクしながらの作業は格別です。
 
そうした経緯が12月1日書店にならぶ「山形家づくりの本」に、特集記事の一例として取り上げられていますので興味のある方はぜひご覧下さい。ちゃっかり宣伝なんかしちゃったりして。
 
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2004.10.21   ------------------------------------------------------

 職人 

 
工事が始まると多くの職人さんが現場で働きます。今回はその職人さんのこと。私たち設計士がどんなにいい図面を書いても、職人さんが仕事をしてくれなければ絵に書いたモチです。工事は施主と設計士と職人が三位一体で進めるべきであって、誰が偉いというものではありません。私は腕がよくて自分の仕事に誇りをもつ職人をとても尊敬します。
 
ところがそうした職人が少なくなりつつあることも現実です。一般的に施主の方は「早く、安く、完璧に」といいます。もちろんそれは理想ですが、人間の手で造るのですからそうそううまくいきません。そうするとややもすると工務店は安く造る職人を使いがちになり、仕事が荒くなります。それを隠すためにビニールクロスで包みます。またハウスメーカーは工場生産の部材や建材を多用します。ムクの木は乾燥するとそったり割れたりすることもあるので、 集成材に木目のプリントされたものを貼ります。ここでは職人の技は不要です。
 
また職人の不遇はバブルの影響もあります。株や土地でたやすくお金が入った時代、額に汗して働く者が軽視されなかったでしょうか。ただあの頃は職人の賃金は高かったので、まだよかったのですが今や早く安くです。誇りのもてる仕事をするにはそれなりの時間とお金が必要です。ですがそうした仕事はいつまでも凛とした輝きがあります。いい仕事をしようという誇りをもたない、その場仕事でやりすごす職人、それをさせる工務店、メーカーはそのツケがやがて回ってきて信用を失います。これは建築現場に限ったことではないのはいうまでもありませんが。
 
私の設計では手わざの温もりを大切にしています。それには職人の技術がどうしても必要です。私だけでなく特に在来工法で家を建てようとすると、多くの職人の手を必要とします。これから家を建てようとする方、あるいは工事中の方は職人を大切にして下さい。
 
これがいい家を建てる秘訣です。営業の人などは職人に気を使わないで下さいと言います。例えば3時の休憩にお茶やお菓子は結構です、上棟式などはごくごく簡単になどと。でもできる範囲でいいのですが、いい家を造ってほしいんだという気持ちを言葉や形で伝えた方が絶対にいいのです。こちらが伝える努力をすれば、それは職人の胸に必ずひびき、技で 応えてくれます。またちょつとした手間を惜しんだりせず、多少の無理も聞いてくれたりします。こうしてみんながいい家を造ろうという思いでひとつになれば、本当にいい家が出来あがるのです。
 
茶髪の若い兄ちゃんが現場で頑張っていたり、若い女性が重機を運転しているのをたまに見かけるとすがすがしく感じます。TVで流れる社長陣の頭を下げる陳謝の姿には、うんざりしてましたからね。
 
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2004.10.5   ------------------------------------------------------
 

 ちょっと断片的に 

 
このところ嬉しいニュースが聞こえてきたり、嬉しい出来事があったりします。そんなことをちょっと断片的に書いてみようと思います。嬉しさのおすそわけ。
 
さっき消し忘れのTVから小田和正の歌声が流れてきて目がさめました。新しい音楽番組のようで小田が自分の小さい頃から今に至るまでの、音楽の思い出を綴っていく、そんな構成でした。オフコース時代はそれほど好きではなかったのですが、このところの明治安田生命保険のTVCMにはぐっときます。
 
「君のために今なにができるか」というフレーズには、ハイハイ生命保険ですねとスネたくなりますが、あのCMに流れる歌と一般公募の幸せそうな写真の数々がとてもいいのです。私の妻はすぐに涙ぐみます。幸せってほんのささやかな笑顔からでも実感できるものなのですね。ネットでも見れますのでぜひご覧下さい。http://www.meijiyasuda.co.jpちなみに私は保険の代理店はやっていません。
 
先日97歳の父のもとに92歳の妹が訪ねてきました。父はまだまだお酒を飲みますし、おばさんは手芸を教えているというスゴイ兄妹ですが、その際おばさんからこんな話を聞きました。私は兄との二人兄弟なのですが私達が高校大学へと下宿暮らしを始めると、淋しがる母のために父が若い頃に覚えた落語や講談を披露したというのです。ずっと昔母がおばさんに楽しそうに話したそうです。亡くなった母からも父からも聞いたことがありませんでした。母の笑顔を思い出します。
 
イチローのすごさには言葉がありません。
 
ケリーが優勢なようです。「イラク戦争でのブッシュ大統領の判断は間違っていた」との発言は痛快です。TV討論のブッシュの映像が映画「華氏9・11」の映像にだぶるから不思議です。私はいかなることがあっても暴力そしてその延長にある戦争を否定します。もしケリーが勝ったらおもしろい。私達は憲法9条の判断まで小泉にゆだねたのではないのですから。
 
映画「スイングガールズ」の舞台は私の故郷高畠です。あの登場人物の話す言葉は山形弁ではありません、置賜弁です。「んだずー」「んだった」私にはストレートに聞こえたのですが、他の人にはどう聞こえたのでしょうか。それにしても青春の意味を考えさせられる映画でした。
 
このところの出来事を書いてきましたが、私には笑顔がとってもいとおしく思えます。笑顔があふれる社会をせつに望んでいます。そして私の設計する家やその他の建物でも笑顔があふれていることを夢みています。さて頑張らなくちゃね。
 
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2004.9.20   ------------------------------------------------------
 

 家の値段 

 
うろこ雲は地上8万km付近にでき、積乱雲は2万km付近だそうです。どうりで秋の空が高く見える訳ですね。秋といえば山形ではいも煮会の季節です。天高く澄み渡る青空の下、川原で仲間とワイワイする楽しさは格別です。
 
さて今回は家の値段です。家を建てる方法はいくつかあります。
 


・施主が自分で造る方法 
家の値段   この場合、家の値段は材料費のみです。 
 
・施主が業種別に分離発注する方法
  工事ごとに材料費と手間賃を支払います。
 
・一括して工務店などに発注する方法
  材料費と手間賃の他に現場経費などがかかります。
 


「北の国から」の五郎さんの「石ならそこらじゅうにある」といって黙々と積み重ねていき石の家を造る姿には感動しました。材料費もタダでした。そこまではなかなかできませんが、基礎や木組などプロに頼み、あとは自分達でやるという方法もあります。1,2,3の組み合わせは自由です。
 
分離発注もいいのですが、煩雑なうえ必ずしも安くなるとは限りません。また責任の所在があいまいだったりします。例えば下地の骨組みが悪ければ、いくら腕のいい左官屋さんが 塗ってもきれいに仕上がりません。
 
一般的なのは工務店です。設計図を渡し見積りを依頼すると、こと細かく内訳が書いてある見積書が出てきます。そこには直接工事という業種別に支払う金額の総額があり、それに対しておよそ15%位の経費が計上されています。大切なのは工務店選びです。腕のいい職人がいるかどうか、見積りが適正かどうかが鍵になります。安かろう悪かろうでは話になりません。経費が異常に安い場合、見積り書の各項目にその分上乗せされているおそれがあります。
 
このケースで特に問題になるのは変更した時です。例えば20万円と内訳に書いてある工事を中止した場合、素直に20万円引いてくれません。また同じ工事でも工務店によって差がでます。柔軟な発想とよい仕事をより安くという企業努力が問われます。
 
こうして家の値段が決まっていく訳ですが、夢を盛り込めば込めるほど工事金額は上がっていきます。それでも私は施主の方に夢を見ようといいます。なぜなら幾つかの夢が叶わなかったりしても、幾つかの夢は実現するからです。
 
ここで大切なのは夢に優先順位をつけることです。部屋ごとでもいいのですが空間の広さなのか、材質なのか、あるいは性能なのかを見積書を見ながら選択していきます。例えば満足度100%の物が100万円で、80%の物が50万円 なら後者を勧めます。こうした作業を経て家の値段を予算内に収めることになります。
 
さてこれから始まるリフォーム工事なのですが、ある置き家具を施主自ら造ることになっています。私がホームセンターで買える建材を調べ、図面を書き、造り方をお教えするのですが、とりあえず試作を私が造ろうと思っています。だめだったらまた考えればいいのです。最初からすべて素晴らしい物を揃えてなんていってたら、お金なんて幾らあっても足りませんからね。
 
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2004.8.31   ------------------------------------------------------
 

 笑顔と過程 

 
アテネオリンピックが閉会しました。今回の日本の躍進は驚くばかりでしたが、印象に残っているのは金メダルの数ではなく、選手たちの笑顔でした。長く厳しい日々を経て、ようやく成し遂げた達成感と満足感の爽快な笑顔でした。とりわけレスリングの浜口京子の銅メダルをとった時の笑顔と「金以上の経験をさせてもらいました」という言葉には泣けました。準決勝でのよもやの敗北と茫然とした姿に、私はもうだめかと思いました。次の決定戦でのふっきれた戦いぶり、そして勝った瞬間。そこに夢をあきらめない執念と彼女の精神的な強さを感じました。
 
結果も大事ですが、それまでの過程のほうが価値があります。努力してきたからこそ、勝利が人生に意味をもたらすのだと思います。それにしても男より女の強さが証明されましたね。
 
さて家づくりでも同じだと思います。人生で最も高価なものです。誰しも失敗はしたくはないですし、満足する家を建てたいものです。けれども家づくりに夢をもつのであれば、そしてそれが既成品に見出せないならば、その夢の実現にむけて立ち向かうことが必要です。そうした過程を経なければ自分達家族にとって、本当に満足できる家は手にいれることができないと思うのです。ここで家づくりの過程を簡単ですが書いてみます。
 


 1・ 家族で夢を語りあいます。より具体的に。アイランドキツチンと暖炉が欲しい等。
 2・ 自分達の好みを明確にします。雑誌などからの切抜きをお勧めします。
 3・ モデルハウスを見るのもいいですが、見た目にとらわれると失敗します。
 4・ このH・Pを見て興味をもたれたらご連絡を下さい。
 5・ 住宅調書を送りますので、希望や好みをお書き下さい。
 6・ お会いしてお話をお聞きし、土地を、リフォームなら家を見せていただきます。
 7・ 2〜3週間の後2案程度のプランを提出します。7.2日付のコラムを見て下さい。
 8・ ここからは2週間に一回位のペースで工事完成まで打ち合わせが続きます。
 


決めなくてはいけないことが沢山あります。平面・立面・断面・家具の形状・材料・色。そのつど私の方で2〜3種類の提案や見本をお見せして選んでいただいたり、あるいは家族で買ったりしたものを現場で取り付けたりします。なかなか大変ですがこれがまた楽しいのです。なにせ自分たち家族のための家ですから自由にしていいのです。
 
こうした過程を経てようやく完成した時、メダルを手にした選手のような大きな達成感と満足感が得られるはずです。私が仕事をしてきて一番うれしいのは、入居した時に見せる施主の笑顔です。この場に立ち会えた喜びと、苦労がむくわれた一瞬だからです。
 
どうぞ夢をもって、そして夢をあきらめないでください。思いが強ければ強いほどその夢はかなうのです。オリンピックの選手達はそう教えてくれた気がします。
 
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2004.8.16   ------------------------------------------------------
 

 モデルハウス 

 
残暑お見舞い申し上げます。今回はモデルハウスについて。私達設計事務所とハウスメーカーとの違いはいろいろあります。私達はオーダーメードに対してメーカーはレディーメードです。私は吊るし服が似合う男と誉められたりしますし、車は中古を買ったりしますからレディーメードの良さも理解しています。消耗品としての良さは。
 
けれども住宅はその中で暮らす生活の場です。間取りによって子供が非行に走ったり、家族が崩壊したりということが指摘されていますが、少なからず住む人に影響を与えるものなのです。また家づくりに正解はありません。子供の自我の成長にあわせて子供部屋を与えなければいけないように、家族構成や成長度合いによって変えていくべきものなのです。けれどもメーカーは画一的な一般解を提供します。そしてそれを具現化したのが展示場のモデルハウスです。
 
最近こんなことがありました。知人がモデルハウスの家が売りにでているので見てくれないかというのです。見たところ造りつけの家具やソファーなどの置き家具はそれなりにいいのですが、間取りとなると感心しないものでした。東と北に面してリビングダイニングがあるのですが、隣地との距離があまりなく今はいいのですが、将来隣に家が建てば日が射さなくなるのが目に見えているのです。当然私はそのことを指摘し再考をもとめました。金額も割安なのですが、見た目や値段で家を選ぶのはどうかと思います。ローコストでも自分達の満足できる家は確実にできると思うのです。
 
話は違うのですが、先日4年前に完成した私の設計した住宅を訪れる機会がありました。内外とも壁は杉板張りで中には大きな吹き抜けがあり、直系50cmの2本の丸太が屋根をささえるているダイナミックな造りが魅力になっています。久しぶりに見て感心したのは家が完成した時より良くなっているのです。手作りのカーテンやイスそれにアンテックな家具が置かれ、また杉板が年月を経た味をだし全体として心地いい雰囲気になっていたのです。家が育ちつつあるというのでしょうか、うれしく思いました。
 
モデルハウスは誰かが顔の見えない誰かのために造ったものです。そして高価な家具が置かれたりと見かけの良さで人を惹きつけようとしますが、そこからは家族らしい生活が見えてきません。あたかも映画「千と千尋の神隠し」の「カオナシ」の存在のようです。家というのは家族が家族のために創り出すものであって安易に既成の間取りに合わせて住むものではないと思うのです。私達建築家はその家族のためにだけの家づくりをします。
 
先の4年前完成した住宅が時を経て、そして家族の手が加えられますます良くなっていくのを見ると、家づくりの奥深さをあらためて感じるのでした。
 
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2004.7.25   ------------------------------------------------------
 

 エコロジー 

 
エコロジー 毎日暑いですね。夏だからしょうがないのでしょうが、猛暑と大雨の繰り返しはどうも異常気候のようです。これは地球の温暖化が原因らしく、北極ではこの100年で年平均気温が5度上昇したといいます。これを少しでも食い止めようと、先進国を中心に二酸化炭素の削減を決めた97年採択の京都議定書がありますが、今もって最大の排出国である米国は離脱したままです。
 
またしても米国。石油の利権で戦争を仕掛け、利益のために地球の環境をも破壊しようとしています。誰も米国の横暴を止められないのでしょうか。ブッシュの落選を祈るのみとは情けない。ケリーがんばれ。猛暑といっても幸い山形は朝夜は涼しいです。山形らしいエコロジーな涼しい家づくりのいくつかを書いてみます。
 


■光    家全体を断熱材で包んでも開口部のガラス面から夏の厳しい日差しは入って
      きます。これを防ぐ方法として次のことがあります。

 
      遮蔽物をつくる  庭の樹木・スダレ・ルーバー・庇・軒の出
                  落葉種のツル、それも果実のなるものは一石二鳥です。
 
      遮熱する     遮熱高断熱複層ガラスというのがあります。これですと
                  日射熱の反射とガラス自体吸収した熱量の室外への放射
                  で、室内に侵入する熱を半分に抑えます。
 
■冷気   夜の冷気や北側の冷気を積極的に室内に取り入れます。
 
      床下のコンクリートを冷気で冷やし、昼それを循環させます。冬は蓄熱体と
        して床暖房に利用します。
 
      北側から冷気を風道をつくり室内に取り入れます。また地中の温度は21℃を
        超えることがないので、土管のようなチューブを地中に埋め外気をそこで冷
        やしてから室内に取り入れます。
 
■風    暑くとも風があると体感温度は下がります。風道を計算して造ります。
 
      床に近い所に風の取り入れ口を造り、反対面の天井に近い所に風の出口を
        入り口より大きめに造ります。これで快適な風の流れができます。
 
      屋根などに温突という煙突のような物を造りガラスや黒いトタンで覆います。
        この塔自体が熱くなれば室内の空気を引き上げそして送りだします。蓄熱体
        で塔を造れば夜でも通風効果を期待できます。
 


これらの他にもビオトープといった池や水路、そして昔ながらの打ち水などの水の利用が考えられます。いずれにしてもエアコンなどの機械に頼らなくても、快適に夏を過ごせる方法があると思うのです。どうぞこれをお読みになってくださる方は夏ばてなどせずに、元気にこの夏をのりきってください。
 
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2004.7.2   ------------------------------------------------------
 

 設計・監理料 


 
設計・監理料についてわかりやすく説明したいと思います。その前に設計及び監理について。


■基本設計   施主の意向をうけて、また設計士として知恵とアイディアをこめて「施主のため
         だけの家」を提案します。基本の平面、立面、断面それにスケッチなどです。こ
         の段階で家の8割が形づけられます。
 
■実施設計   基本の図面をもとに、大工さんたちが見て工事ができる詳細な図面を書きま
         す。それが実施設計です。そこには家の情報が詰まっていますから、どの工務
         店からも見積もりを出してもらうことができ、それを比較検討して、工事業者を決
         定します。図面は設計概要書、平面・断面・立面等の詳細図、各部屋の壁面を
         書く展開図、建具表それに構造図、電気図、設備図などです。図面枚数はA2
         サイズで50枚前後です。
 
■図面が完成し、確認申請や見積もり検討を経て各業者が決まり、工事が始まります。
 
■現場監理   図面通り工事がされているか監理します。また実際建ち上がった骨組みを施主
         と見ながら検討を繰り返します。色彩や家具、それに照明器具などをここで最終
         決定します。そうした意味では設計は完成まで続くことになります。そして完成
         引渡しです。
 



こうした作業の対価として設計・監理料があります。一般的に総工事費の10%前後です。1500万円以下の場合は150万円、2000万円なら10%の200万円です。工事費が上がれば%は下がっていきます。木造3階建てや鉄骨造、コンクリート造など構造計算が必要な場合は、構造事務所に依頼しますので別途に必要になります。そのお支払い時期は下記になります。消費税は別です。
 



設計・監理料  ■基本設計料   契約時      設計・監理料の15%
            基本設計完了時   同上   15%
 
 ■実施設計料   実施設計完了時   同上   40%
            (確認申請終了時)
            工事契約時      同上   10%
 
 ■現場監理料   上棟時         同上   10%
            完成時         同上   10%
 



上で基本設計契約時とあるのは、この段階までに2案程度のプランを無料で提出しているからです。このプランを見てもらい契約して頂くか、ボツになるか、もう少し先に進むのであれば1案ごとに実費(7万円程度)を頂くかを、話し合いの上決めてもらうことになります。ボツの場合、そのプランは著作権の関係で使用することはできません。契約も工事費が確定するまで仮契約とする場合もありますが、予算をそのまま工事費とする方が多いです。
 
同じ図面で工事業者によって設計料が変わるのはおかしいと思うからです。また工事途中で施主の希望でグレードが変わり、工事費が上下することによって設計料も上下するのはおかしいと思うからです。一度決めた設計料は基本的には変わりません。ただし大幅な変更や追加工事により設計監理の作業量が増えた場合は、話し合いのうえ別途料金をいただきます。
 
この設計料を高いとみるか安いとみるかは人それぞれです。単に食べて寝るだけの家を考えている人にとっては、高いでしょうし、そもそも不要です。家に居心地の良さや、空間に魅力を求めたい人にとってはどうでしょうか。提案されたプランで判断してもらうしかありません。
 
さてご理解して頂けたでしょうか。それに見合う以上の仕事をすることをお約束します。
 
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2004.6.27   ------------------------------------------------------
 

 リフォーム 

 
このところリフォームばやりです。実態はともかくテレビでは。
 
特に人気のあるのは、「劇的ビフォー・アフター」でしょうか。私は毎回ではないのですが、たまに見ることがあります。あれもだんだんエスカレートしていくみたいで、この7坪の敷地で!とか、空間の魔術師がいかに!とか、びっくり箱がどんどん大きくなっていく様子です。それに内容も玉石混交で、感心するものもあれば、壁に建具を貼りつけて隣室があると思わせます、となると忍者屋敷かいなとあきれます。
 
それでも私はあの番組を評価しています。匠なる存在が自由に空間を操っているのを見るのが爽快だからです。それに建築家が身近なものとしてクローズアップされているのが、これまで渡辺篤史の「建もの探訪」以外なかったからです。建築家は大きいビルしか設計しないのではとか、敷居が高い、また設計料が高いなどと家づくりでは敬遠されてきました。それも当然です。
 
私達また先輩達は何も営業努力をしてこなかったからです。エンジニアとしての意識が強く、いい建物をつくることが最大の営業と教えられてきたからです。その結果、ハウスメーカーの独壇場になってしまいました。そこにあの番組が登場したのです。営業力より設計力にスポットをあててくれています。設計事務所の大半は住宅を専門にしています。そのなかで培われた経験や知識やアイディアがメディアを通して紹介されるのは、とてもうれしいことなのです。設計の価値や、その対価の設計料も理解が進むと思うのです。
 
しかし首をかしげる点がいくつかあります。一つは工事金額の安さです。一般的には画面にでる金額の5割以上かかると思われます。1000万円だと1500万円が妥当です。では差額の500万円はどこに消えたのか。ウワサでは建築家や工務店がPRのために負担していると聞きます。それはそれでPR効果もあるでしょうからいいのですが、迷惑なのはその金額をまに受けた視聴者と、その視聴者の身近にいるリフォーム業者です。法外な金額と見られるかもしれません。
 
私の場合は設計図面をもとに、依頼主の知っている大工さん、私の付き合いのある工務店と2・3社から見積もりをとり比較検討したり、分離発注するなどして納得してもらいますが。
 
おかしいなと思う点に安全性もあります。見ていると屋根を取り払い2階建てを3階建てにしているではありませんか。既存の柱の上に柱をのっけて。基礎はどうなってるの?当初想定もしていない荷重にたえられるの?人ごとながら心配になります。もっといろいろ気になるところはあるのですが、依頼主の感激の涙にあまり口をはさんでもと思うのでやめますが。
 
確かにあの番組は劇的です。劇的ゆえの功罪もあるのですが。それでもこれまでのリフォームのやり方、例えば浴室直して、台所直して幾らというやり方をすーと跳び越して、生活空間をまるごと劇的に変えることを提案したのは見事です。そしてそれは設計の力そのものなのです。リフォームのみならず新築でも建築家の設計力を活用してもらえたらと思います。営業のにがてな建築家の武器は、それしかないのですから。
 
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2004.6.23   ------------------------------------------------------
 

 気概 

 
気概を辞書でひくと「困難にも屈しない強い意思」とあります。
 
先日仕事で鶴岡に行き、早く打合せが終わったので鶴岡市内や近郊をぶらついたのですが、いたる所でこの気概にふれたのです。まず致道博物館を訪ねました。ここは藩主酒井家の子孫が旧庄内藩校「致道館」の資料や土地建物を寄贈し法人化された博物館です。歩いて感じたのは博物館というより建物園だということです。江戸の大名屋敷、明治の擬洋風建築の旧郡役所と旧警察署、それに田麦俣の民家です。
 
いずれも風格のあるいい建物でした。特に擬洋風の二つは格調高く堂々たるたたずまいで、青い空に白い壁が映えてとても美しいものでした。設計および工事は地元の棟梁の手によるものです。当時明治14年。おそらく長崎や横浜に勉強しに行ったのでしょう、様式を写し、そして大胆にも在来の手法を加えています。思いきりの良さに棟梁の気概を感じます。その場しのぎのマネゴトなら時代の波に消されていたでしょうし、現代の視線にも耐えられなかったでしょう。
 
全体に鶴岡の街並みには風格を感じます。江戸の武家屋敷や寺社が残り、黒い瓦屋根の家並みがあり落ち着いた雰囲気を醸し出しています。そしてそこには単に見える物というのではなく、武士の精神風土を感じることができます。新勢力と戦った戊辰戦争がそうであったように、武士の意地や軽はずみに時代におもねることを良しとしない精神が、いまも強くうけつがれているようにみえます。それも気概です。それはすごく大事なことだと思います。鶴岡はとても魅力ある街です。
 
そして鶴岡といえば私の大好きな藤沢周平です。かれの小説は絶品です。数多い作品に駄作というものは一つもなく、どれもが清楚で情緒がある文章で、物語は武家もの市井ものいろいろありますが、人情味がありまた人生の悲哀があり心うつものばかりです。特に庄内藩をモデルにした海坂藩の物語は素晴らしい。傑作は「蝉しぐれ」です。
 
牧文四郎とおふくの悲恋と藩内の陰謀がからみ話が進んでいくのですが、夏の直射する光と騒然と鳴く蝉の声が彩りを添えています。庄内に映画のオープンセットがあるのを思いだし、致道館で案内図をもらい鶴岡郊外の羽黒にむかいました。田園や果樹園を通り、防風林の杉林につつまれた瓦屋根の民家をながめ、残雪が美しい月山のふもとに車をはしらせました。
 
やがて「蝉しぐれ」と書かれた多くのノボリが目にはいり、導かれるようにセットの場に着きました。そして見るとなんと映画のロケをやっているのです。少し心がふるえました。ロケセットは雨風にさらすため昨年のうちに建てられており、普請組の組屋敷が再現されていました。萱葺き屋根に雑草がちらほら風にゆれていて、美術や演出の成果をみてとれました。「本番!」の声がきこえるたび息をひそめ、製作の一瞬に出合えたことに感謝しつつ、しばらくのあいだ見入っていました。
 
実はこの映画の監督黒土三男こそ気概の人なのです。かれがこの小説に出合ったのは14年前です。感動してなんとか映画にしたいと思い藤沢周平に合いに行くのですが、どうしても許してくれず、それでもと一年をかけシナリオを書き藤沢さんに届け、半年を待って「情熱に負けました」と認めてくれたのです。それから資金集めに奔走するのですが集まらず、そうこうするうちに「いの一番に見てほしかった」藤沢さんが亡くなり、それから7年を経てようやく昨年末撮影を開始できたのです。
 
監督のことばです。「丁寧に作りたい。僕がほれ込んだ藤沢さんの世界、感動した日本人の美しさを、世の中に届けたい」来年公開の予定だそうです。こうした気概にふれると、私ももっと頑張らなければと思うのです。
 
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2004.6.15   ------------------------------------------------------
 

 モダンってなに? 

 
97歳になる私の父が健在で東京にいるので、月に一回位は東京に行きます。顔を見にというか酒飲みにつきあうために。足腰は多少弱っているのですが、まだまだ酒は飲むのですよ、あきれるくらい。それに好奇心旺盛で今回の話題は天皇家のこと。これがまたよく知っているのです。長生きの秘訣ですね。

モダンアート ということで週末から昨日まで東京にいて、日中は展示会巡りなどしてきました。まずGALLERY・MAの西沢大良展。若い建築家で1994−2004の作品展でした。このところの建築の流れでもあるのですが、力みがない自然体でクセがない。建築をつくってやろうというのではなく、理性的にプログラムを組み立てるといった感じ。それはそれで気持ちいいのだが、空虚さが漂うのはなぜだろう。
 
クセがないぶんつまらないと、野武士達といわれた上の世代から批判されているのもうなずけます。建築の魅力は理性を超えるところから、あるいは造り手の思いの強さから生み出されるものと私は考えているのですが。
 
次に行ったのは森美術館のMoMAニューヨーク近代美術館展です。「モダンってなに?−アートの継続性と変化、1880年から現在まで」というタイトルで、ゴーギャン、ピカソの根源的な問いかけからはじまり、抽象への流れ、そして60年代の前衛的な破壊とポップを経て、現代のインスタレーションに至るまでの作品を展示したものでした。
 
この美術の流れも時代を映す鏡みたいなもので、それぞれの時代の空気を感じました。現代の作品は「変化に向かって」と名づけ「現代生活の危うさを浮き彫りにする作品」とありました。そう表現された作品は展示場の最後にあって、それは42個の25ワット電球をつなげて壁から吊るしたものです。ただの裸電球が点灯され縦に、そして床までのび横におかれた作品は確かに意外性があり、また美しくもあったのですが先の建築展と同様な空虚さを感じました。これがこの時代の空気だとすれば、少し悲しい。
 
美術館のある六本木から、帰るにまだ時間があったので有楽町のガード下の焼鳥屋に寄りました。ここは私が知る30年前から何一つ変わらない吹きっさらしのお店で、きたないのですが妙な風情がありたまに寄る場所です。ここで数年前こんな事がありました。カウンターで飲んでいるとネクタイをした会社員風の人が真中に座りました。
 
しばらくすると店の人がそろそろ込んでくるのでどちらかにずれてもらえないかとお願いしたところ、客と店員がもめはじめ、しばらくすると客は怒りだし「俺には何々組がついている。こんな店は・・」と言ったのです。これを聞いてそれまで頭を下げお願いしていた店員が頭をあげ「こんなガード下の店でもお客は楽しんで酒を飲んでくれているんだ。それを組の名前なんかだしやがって!金はいらないから二度とくるな」と切り返したのです。
 
あれを江戸の心意気というのかねぇ、ぐっときました。そうなんです。空虚さを気取るより、こうした生の心意気の方が人の胸に響くのです。その客が帰った後「よく言った」と声がかかったのを思い出します。
 
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2004.6.6   ------------------------------------------------------
 

 最後の1% 

 
先日打合せに行った先で、横山さんはカメレオンみたいだねと言われました。背景に合わせて色を変える生き物という意味らしい。この方は私の設計したBARボルドーや居酒屋からからやそして最近完成した五日町の集合住宅を見ての感想だそうです。どれも違うデザインなので、依頼者の意向を尊重してデザインする設計者だと理解して頂いたようです。それは正解です。
 
有名建築家と違い、地方で設計をしている者にとって1つのスタイルにこだわっていては仕事になりません。そもそも建築家の役割は建て主の求める家づくりをサポートすることであって、建築家が前面に出て、これが作品ですと言う方がおかしいと思っているのです。ですからそのときどきに最適と思えることを図面化しているのです。
 
私の尊敬する建築家で村野藤吾という人がいました。1984年に93歳で亡くなられるまで現役でした。なんと91歳で設計したのが、あの芸能人の結婚式でも有名な新高輪プリンスホテルです。この人の言葉で「依頼者の要求を99%呑んでも、村野に頼んだ以上、最後の1%は村野の思想や個性が残る」というのがあります。これには壮絶な思いがあります。
 
建築は建て主の要求以外にも土地の形状、建築基準法、予算など多くの制約があります。そのなかで最善な選択をし、その上でそれを超えるべく努力する。それが最後の1%だと思うのです。そしてそれが全体を形づけるのです。
 
村野さんはスタイルも自在でした。和風であれば近代和風の傑作といわれる京都都ホテルの佳水園、ビルであれば元千代田生命本社ビル、これは目黒区役所となりましたが名建築です。それらは何ものにもとらわれない自由な発想でつくられています。私が最も驚いたのは新高輪プリンスの大宴会場「飛天」です。天井にはあこや貝を貼り、布を使ったシャンデリアがあります。なんとその布は女性の下着です。事務所に下着を集めて選んでいったというから笑えます。
 
私はとてもとても及びませんが、精神だけは受け継いでいきたいと考えています。それが少しだけ形になったとすればボルドーやからからやの手づくりの照明や集合住宅のバルコニーの手摺りです。この手摺りはオーナーの理解もあって二人の芸工大の学生に依頼して造ってもらったものです。一人はレンガを薄く焼いて積み上げたもの、もう一人のは鉄を曲げたレリーフ状のものです。
 
またそれらの物を必要としたオリジナルのデザインそして空間です。これらは依頼主の要求にこたえていった結果です。私のカメレオンぶりを見たい方は、ぜひ現地に足をはこんでみてください。
 
 ■BARボルドー  山形市七日町2−1−26
 ■からからや    山形市本町1−7−21
 ■集合住宅     山形市五日町8−13   中庭から3階にあがってみてください
 http://www.mapfan.com 地図のサイトです
 
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2004.5.30   ------------------------------------------------------
 

 想像 

 
「空の上には天国も地獄もないんだよ」ビートルズのイマジンの一節です。宗教も国境も超えて世界がひとつになることを想像してごらんとジョンレノンはいいます。この想像することが今すこし衰弱している気がします。メディアから流れる大量の情報に受け身すぎたのかもしれません。
 
想像することは創造することに繋がります。私達の身の周りにある人工物のすべては、誰かが思い描いた結果です。夢の実現といってもいいでしょう。そしてこれがまた楽しいのです。私は陶芸をよくしますが、粘土をこねて何を造ろうかと考えている時はとても楽しい。私はまた彫刻が好きでよく展示会にいきますし、自分でも石屋さんの場をかりて石を削ったり、ツル屋さんにいってツルを編んだりします。
 
しかしそれ以上に楽しいのは建築の設計です。彫刻は見てさわることはできても中に入ることができません。建築は内部に入り空間を感じることができます。素材や色彩それに光を演出することができます。思い描いたことがしだいに形になっていくのは、本当に楽しいことなのです。
 
実は私以上に楽しんでほしいのは建て主自身なのです。家族で夢を語り合い、ひとつひとつ手順をふみながら実現にむけて動き出すその過程を充分に楽しんでほしいのです。基礎ができ柱が立ち上棟をむかえる晴れがましさうれしさは、ちょっと他では得られないものがあります。昔から普請三昧といって最高の道楽といわれてきました。
 
家を建てようとするまたとない機会を、本気で取り組みこの醍醐味を存分に味わってほしいのです。私達はそれを本気でサポートします。
 
ところで自由設計という言葉がひとり歩きしている気がします。ハウスメーカーのいうそれがどれほど自由なのか疑問です。限られた工法、限られた建材からの選択、それに営業の人を通しての設計では、建て主の思いはどれほど届くのでしょうか。
 
またモデルハウスやパンフレットのなかの家はかなりのお金と一流の建築家の設計によるものです。それをさして自由設計でもここまで出来るというのはどうかと思います。実際に建てられた家の内覧会を見て、その落差をいう声をよく耳にするからです。
 
家づくりを存分に楽しんでください。建築家にまかせっきりにしたり、営業の言葉や見本に惑わされたり、ましてやこの楽しさを放棄してカタログで選ぶようなことは本当にもったいないと思うのです。せかされることなくのんびりと家づくりを楽しめばいいのです。まず自分達の理想の家を既成概念の枠からではなく、自由に想像してみることから始めてはいかがでしょうか。
 
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2004.5.22   ------------------------------------------------------
 

 居心地 

 
私たち建築家の仕事で大きな部分を占めるのは、住む人にとって居心地のいい空間を造ることです。丈夫で長持ちし便利で暖かな家を造るのは、さほどむずかしいことではありません。居心地となると話は別です。一人一人顔が異なるように、どこに居心地のよさを感じるのかは人それぞれだからです。ですから打合せでは予算や必要部屋数の後に、その辺りをお聞きします。イメージでも雑誌の切抜きでも何でもいいのですが、情報が多ければ多いほど理想の家に近づいていきます。
 
このとき問題になったりするのは、家族間の意見の違いです。夫婦といえど元は他人ですから当然ですが、あまりに違うと先に進めません。この場合それぞれの好みをカードに書き出すことを勧めています。そして話し合いのなかで共通のカードを探していくのです。こうした経緯をふまなければ、家で落ち着けるのはトイレの中ということになりかねません。
 
居心地のいい空間を求められるのは家だけではなく、店舗などもそうです。私は店舗設計もしていますので、手がけたお店とその際何を考えたのかを2つほど紹介します。
 
まずBARボルドーです。カクテルのおいしい老舗のバーです。設計を依頼されたとき考えたのは、人あるいは動物が最も安心し居心地のよかった場所は、羊水に包まれていた母の胎内ではなかったのかということです。人間には胎内回帰願望があるといいます。それを実現しようと思ったのです。角のない平面と、壁と天井が一体になった洞窟のような造りにしました。そこに男性をイメージした大きな木のカウンター、そしてその上には女性をイメージした照明を造りました。この照明は長さ2.7m幅0.7m位で落花生の殻を半分にした形をしており素材はFRPです。内部の照明器具の光が半透明なFRPを生き物のように浮き上がらせ、また波うつ天井に陰影をつくります。ここでジャズを聞きながらジンの酔いに身を任せているときは、私にとって至福のひとときです。
 
つぎは居酒屋からからやです。和風の造りになっていてカウンターと小上がりがあります。日本酒を口にはこぶとき、その香りとともにあるなつかしさ。そのなつかしさを民家風といっものではなく現代におきかえて表現したかったのです。木と竹それに漆喰という材料を使った内装で、ここでも照明を創作しています。小上がりの天井には少し下げて黒竹を並べ、その上にスポットライトを据えました。光は白壁に放射状の陰影をつくります。カウンターの上には葦で編んだ、長さ2m胴まわり0.9m位で、形は昔の納豆のわらの包みのようなものをつるしました。中のランプの光が葦の網目からこぼれ日のようにもれカウンターを照らしています。
 
この2つの店とも居心地のよさでは定評があります。ぜひ一度のぞいて見てください。場所は両店とも山形市中心部八文字屋書店から歩いて7・8分の所です。もちろん中の人たちも最高に素敵です。ちなみにいずれの照明も光象研究室というか私の手づくりです。希望な方がいればご依頼下さい。
 
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2004.5.16   ------------------------------------------------------
 

 詩 

 
高田渡というシンガーをご存知でしょうか。昨夜NHKで特集していたのでご覧になった人もいると思います。35年位歌い続けているいわゆるフォークシンガーです。
 かれ自身も詩人ですが山之口獏・黒田三郎といった詩人の詩にもカントリー風の曲をつけて歌っています。それらの詩はいずれも飄々とした味わいがあり、また人を見る目にやさしさやいつくしみがあります。かれの歌い方、人柄がしみだしている風貌は詩と同様で、こちらにやすらぎを感じさせてくれます。
 
詩 私がかれに出合ったのは30年程前です。フォークジャンボリーという映画で知り魅了され、高校の学園祭でギターをかかえて歌ったりしました。その後浪人し東京のかれの住む吉祥寺に行き、ライブ喫茶のぐぁらん堂ややきとり屋いせやで声もかけられず見ていたものでした。
 
あれから30年、かれはなにひとつ変わらず詩や酒を愛する暮らしです。そしてかれの歌は年月を経ても色あせることなく、そしてますます人を魅了しています。そこに詩のもつ力や普遍性を感じます。
 
家づくりでも同じことがいえます。いや30年どころか100年住宅と言われているように、長く住み続けるものです。 だからこそいつまでも色あせないもの、古びても味わいが増すようなものが理想です。それには機能や構造はもとより材料やデザインが、年月に耐えられることが必要です。材料でいえば新建材といわれる、例えばプラスチックに木目をプリントしたものは最初が最も美しいのですが、本物の木のように光沢や味わいを増していくことはありませんし、当然のことながら本物の存在感や重量感はなく、どこか薄っぺらな感じをあたえます。
 
高価な本物というわけではありません。ヒノキではなくとも節ありのスギでいいのです。見かけだけではない木の香りとともにに、年月を刻み続けていきます。
 
デザインでいえば流行に流されないことです。また飽きがこないかどうかです。前川國男という建築家が建てた自邸がいま小金井市の江戸東京たてもの園に保存されていますが、60年という年月を経てもなお、その力強い輝きを失ってはいません。それはデザインにかける熱い思いが、いまだ見る者にとどいているからです。
 
消費が繰り返された時代はもう終わりました。いいものをより長く使い続けることが求められています。本物であること。デザインが普遍性を持ち得るかどうかがいま問われています。それってなかなか大変。だって消えて費やすのでなければ、いつまでも残るってことだから。恥ずかしい設計をして、いつまでも恥じをかき続けるのは嫌だしね。
 
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2004.5.9   ------------------------------------------------------
 

 照明 

 
演劇の舞台では照明がセット以上に演出効果を果たします。深い暗闇、スポットライト、オレンジ色が夕焼けを、スカイブルーがまさしく青空を演出します。舞台上で繰り広げられる物語を照明が支えているといってもいいでしょう。住まいを人生の舞台と例えることもできます。
 
しかしどれほど照明に気をかけているでしょうか。戦後蛍光灯が開発されてから、電気代が安い、明るいということで、またたくまに普及しました。部屋のすみずみまで明るいのは、仕事や勉強をするときにはいいのですが、安らぎの場としては明るすぎるのも考えものです。陰影が情緒を醸し出したりするからです。
 
ではどのようなものがいいのでしょうか。それはひとつの照明ですべてをカバーするのではなく、場に合った照明の効果を考える必要があります。ダウンライト、フロアースタンド、壁付けのブラケット、天井の間接照明、それぞれ調光機能をつけて雰囲気に合わせて点滅やコントロールすればいいと思うのです。
 
印象に残る家があります。それは彫刻家ジェームス・タレル設計の「光の館」です。中に入ると大きな和室があり、天井には屋根がスライドして空が見えるトップライトがありました。それもガラスなしで。夕暮れになると天井が照明でオレンジになり、その真中にあるトップライトから空が、刻々と変化しやがて漆黒になる様子が見れました。見なれてる風景が、切り取られそしてオレンジの額によって、なんと感動的に見えたことか。またこの家の浴室が素晴らしい。暗がりのなかで見た、浴槽の下に仕組まれた光ファィバーのブルーの光がなんと幻想的だったことか。新潟の十日町市にあり宿泊もできますのでぜひご覧なることをお進めします。
 
ジェームス・タレル 照明のもつ効果で芸術の域まで高められることを、タレルの作品は証明しています。芸術までいかなくともせめて照明の効果を、住まい造りにいかしたいと考えています。
 
舞台の照明を書き出したのは、実は昨日こまつ座の演劇を見たからでした。井上ひさし作大竹しのぶ主演の「太鼓たたいて笛ふいて」という題目で、放浪記を書いた林芙美子の、昭和10年より没するまでの人生の後半を描いたものでした。
 
さすがに02年に初演され数々の演劇賞をとっただけあって、役者も演出も素晴らしいものでした。それにもまして私が感動したのは、井上ひさしの戦争を引き起こしたお上に対する強い批判と、戦争を憎む熱い思いです。彼はくりかえしこのテーマを書き続けています。今回も林がお上の戦争賛歌に踊らされ、「太鼓たたいて笛ふいて」戦地に兵隊を送り出し、戦地の現実を見て反戦主義にかわっていったというあらすじです。この重いテーマを歌や踊りありの楽しい仕立てで見せています。声高ではなく庶民の目を通して、戦争のおろかしさを繰り返し伝えようとする姿勢に深く共鳴します。
 
さてブッシュとその友達の小泉は、共に好みの映画は西部劇だそうです。 この2人にこそ、この芝居を見てもらいたい !!
 
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2004.5.3   ------------------------------------------------------
 

 遊び 

 
誰かと遊ぶ、趣味で遊ぶ、人生にうるおいと豊かさを与えてくれるのが遊びです。遊び心は人を楽しませてくれます。また遊びは機械の操作性でも使われます。例えば車のハンドルです。回した分だけタイヤが直に反応すればそれは大変危険です。多少の遊びがあってこそスムーズな運転になるのです。家づくりでも同じことがいえます。機能性や利便性のみを追求するのなら、それはうるおいのないただの箱になってしまいます。家の場合遊びを無駄と言い換えることもできます。
 
無駄を省くことも必要ですが、その無駄が家に豊かさを与えてくれたりもします。 吹き抜けなどがいい例ですが、縁側などもそうです。そう遠くない昔、縁側でおばあ ちゃんが近所の人と茶飲み話をしていたり、子供と花火をしている光景がありました。それが現代住宅 ではほとんど見ることができません。家の内と外を結ぶあいまいな領域が果たしてきた役割が、 案外大きかったと思うのです。
 こうした場をつくる他にも、生活にゆとりをもたらす工夫は いくらもできます。例えば小さな窓です。西向きの壁それも天井近くに小窓をつければ、夕暮れ時は 室内を紅に染めます。南向きの小窓の窓台に鏡をつければ、光は天井で遊びます。プリズムを つければ虹を見ることもできます。
 お金をかけなくともちょっとした遊び心で魅力のある家づくりができるのです。お金ではなく 心にちょっとした余裕が必要だと思うのです。
 
 なにやら近頃社会がぎすぎすしていると思います。捕虜になった人達へのいきなりのバッシング、 子供への虐待、政治が悪いと思うのですが、それにしても悲しい出来事が多すぎます。 もっとましな政治家を期待するのと同時に、私達にも心の余裕が必要だと思うのです。 なかなかもてませんけどね。
 
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2004.4.25   ------------------------------------------------------
 

 壁 

 
私が宮沢賢治を好きなのは前回書きましたが,賢治の作品以上に私をひきつけるのは彼の思想です。農民芸術概論綱要に次の一節があります。
 
世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない
 
この言葉に出会った時はさほど実感をともなってはいませんでした。でも今は違います。地球の裏側の出来事が瞬時にテレビやインターネットでわかるからです。イラクで子供が飢えていたり、傷ついているのを見て私達は心が痛みます。
何かをしてあげたいと思い、それができないままにいる時、私達は幸福な気持ちではいられません。
 
イラクで捕虜になった人達はその行動をしたのです。自己責任と非難する声がありますが、もし日本でテロがおきた場合はどうでしょう、その責任は誰が負うのでしょうか。そもそも日本に自己責任をいう資格があるのか疑問です。米国の追従ではなかったのか。
 
米国は自分達の正義を力で押しつけます。奴隷にされた黒人、土地を奪われたインディアン、それと同じことを地球規模でやっています。他人の痛みを気にもとめないやり方。他の民族の思想や宗教をふみにじるやり方に、冷たく大きな壁というものを感じます。
 
ベルリンの壁以上の傲慢な壁。ベルリンでは壁を壊すことで開放されたのに・・・・・
 
ところで日本の家づくりで、戦後西洋化が取り入れられていくなかで大きく変化したのは壁の量です。ふすまや障子が壁やドアになりました。それは個室を生みましたが同時に人の気配というものを消し去りました。日常の何気ない人の気配で相手を思いやることもできたのが、今や壁に隔てられて個々がばらばらに生活しているという状況さえも生み出しかねません。何LDKという個室ありきではなく、家族重視の住まいを考えるべきなのです。例えば大きなワンルームを造り、必要なとき家具で仕切り部屋を造るように、ほどよいコミュニケーションを築けることが大切だと思うのです。
 
賢治にならえば、世界がぜんたい幸福にならないうちは、
そして家族がぜんたい幸福にならないうちは、個人の幸福はあり得ない。
 
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2004.4.18   ------------------------------------------------------
 

 わたくしという現象 

 
はじめまして。横山です。
ようやくH・Pを開設しましたので、お気楽にご覧ください。
 
わたくしという現象は 仮定された有機交流電燈の 一つの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)                     宮沢賢治「春と修羅」より
 
 
このコラムでは私のこと、気になっていることなど、思いつくままに書きたいと思います。
光象という言葉を使わせてもらっているように、私は宮沢賢治がとても好きです。
彼の考えていたこと、その表現の仕方、その透明感、ゆたかさ、すべてです。
 
そしてあの世界をなんとか形として表現したいとも思っています。
設計してきたなかで学校、病院そして特に意識したのが中庭のある集合住宅です。
 
透明感や光がこぼれおちる様をイメージしたのです。
そして賢治の世界のように、いつまでもみずみずしさを失わない建物。
そんなことを思い描きながら、いつかは実現したいと考えているのです。

 
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実績一覧


工事日記


ブログ「私のスケッチブック」


家づくりの進め方


よくいただく疑問・質問


お客様の声


エッセイ「家をつくるには」


長編コラム「ごあいさつ」


時々エッセイ「つれづれに」


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物件見学





コラムINDEX

 2011.2.26 Sさんからのレポート
 2011.2.1 心がほっとすること
 2010.12.30 今年をふりかえって
 2010. 2.26 バラガン邸
 2009.12.28 今年をふりかえって
 2009. 5.25 光象
 2009. 2.28 Kさんからのたより
 2009. 1.12 新春
 2008.12.28 今年をふりかえって
 2008.10.26 おくりびと
 2008. 5.22 山桜
 2008. 2.11 Sさんからのたより
 2008. 1. 7 新春
 2007.12.28 今年をふりかえって
 2007.10.12 Mさんからのたより
 2007. 9.20 イメージ
 2007. 5.24 あきらめない
 2007. 5. 2 ミッドタウン
 2007. 3.16 街
 2007. 1. 8 新春
 2006.12.29 今年をふりかえって
 2006.10.15 世界でたったひとつの
 2006. 8.31 蝉しぐれ
 2006. 8.10 雪冷房と地熱利用
 2006. 6. 8 生きているうちが花
 2006. 4. 5 考え続ける
 2006. 2. 6 夜話の茶会
 2006. 1.11 年の初めに
 2005.12.25 わからない
 2005.12.7 耐震
 2005.11. 7 完成写真
 2005. 9.20 つれづれに
 2005. 7.25 オーダーメード
 2005. 6.26 壁塗り奮闘記
 2005. 5.31 街のなかの家
 2005. 5.10 建築家
 2005. 4.12 窓
 2005. 3.21 棟上げ
 2005. 3. 3 新旧
 2005. 1.30 貧乏だけど贅沢
 2005. 1.10 年の初めに
 2004.12.22 見積り
 2004.11.25 実施設計
 2004.10.21 職人
 2004.10. 5 ちょっと断片的に
 2004. 9.20 家の値段
 2004. 8.31 笑顔と過程
 2004. 8.16 モデルハウス
 2004. 7.25 エコロジー
 2004. 7. 2 設計・監理料
 2004. 6.27 リフォーム
 2004. 6.23 気概
 2004. 6.15 モダンってなに?
 2004. 6. 6 最後の1%
 2004. 5.30 想像
 2004. 5.22 居心地
 2004. 5.16 詩
 2004. 5. 9 照明
 2004. 5. 3 遊び
 2004. 4.25 壁
 2004. 4.18 わたくしという現象